紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

署名本過多

 この頃本を買いすぎている。優品が目の前に現れたとき、それが買える値段であるのに見過ごすのは男ではない。これが千載一遇の好機とばかりに、迷わず清水の舞台から飛び降りるのが蒐集家の本懐ではないか。とはいえその好機が立て続けに起こると、さすがに懐具合を気にしなくてはならなくなってくる。虚しい下等遊民の嘆きである。

 蓋し、これは優品の出現頻度が上がったのでも、己の慧眼が鋭くなったのでもない。ただ金銭感覚が鈍ったものであろう。たとえば、古書に注ぐ額がおおむね5千前後であったとする。それでも掘り出し物は相当数拾えるし、ガマグチにもまずまず負担は少ない。ところがこれが1万円まで天井を高くしたらどうなるだろうか。金銭的負担の増大は言うまでもないが、予算の範囲を広げれば良い品が目につきやすくなるのも道理である。それを私こと若い蒐集家は勘違いして「この頃いい品がポンポン出てくるから片っ端から買わぬ手はない!」と財布の留め金を開け放して古書店を歴訪しているのだ。論理性の欠如というほかない。

 

①東珠樹『白樺派と近代美術』(東出版)昭55年7月25日初函帯署名落款 500円

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 前々から読みたいと思っていた本であった。大正画壇史というものをザーッとみておきたいと思ったためで、この本がどれだけ知られたものかは存じ上げないが、まあ白樺関連の話題でもあるしと「かんたんむ」で買っておいた。

 とはいえ500円も出すからには署名が不可欠だったわけで、それもこれは小林勇宛のものであった。正直言うと、岩波書店の偉い人という程度の認識しかないけども、面白い宛先かなぁと思う。ちょうど昨日届いたフソウ目録にも小林宛の献呈本が並んでいたから、蔵書が一気に放出されたものだろう。

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ゴーゴリ・中村白葉訳『外套』(細川書店)昭23年2月20日限207内第176冊署名落款 500円

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 これはニホン書房の店頭で見つけた。細川叢書は紙質とか造本にこだわったシリーズと認識しているが、これも和紙の質感が楽しく瀟洒な出来である。ネットでちょっと調べると、これにも署名入りのとそうでないのとがあるようだ。今後は気にして手に取っていきたい。

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なお、画像がゆがんでいるのはアンカットでページを開くことができないためである。

 

ストリンドベリ小宮豊隆訳『父』岩波書店)昭和26年2月20日2刷元パラ帯署名 4000円

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 今日一番の大物。日本の古本屋を通じて「らま舎」から購入した。

 いくら絶版とはいっても、岩波文庫に4000円というのは我ながらやり過ぎである。が、この本の献呈先は個人的にうれしいものだった。

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 御覧の通り、内田百閒宛の献呈署名である。ともに漱石門下としてビッグネームであることは言うまでもない。正直なところ、受け取るまで真筆かどうか疑わしく思っていたのだが、私のファイリングしている筆跡ファイルと照合しても矛盾はなさそうだ。となれば献呈先としてもいいところ、だと強く思う。

 やっぱり高かったかという気もするが、2人の関係を考えれば買ってよかったと思える逸品である。

 そうこうして、徐々に高い本を買う比率が増してゆく今日この頃、猛暑はもう関東を去ろうとしている。