紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

海野十三『少年探偵長』

 たまには読んだ本についても書いておかないと、買ったらハイおしまいで死蔵させてばかりという印象を与えかねないので、ちょっと書いておく。

 

 海野十三は、周知のとおり日本のSF小説の祖と見なされている作家である。厳密にはもちろん、海野以前にSFらしきものが皆無というわけではないのだが、一定の科学考証を備えた作品を生み出したという意味においては、始祖と言っても良いと思う。

 私が海野について知ったのは何によってだったか。イマイチ記憶が判然としないが、「探偵小説」と呼ばれるジャンルに攻め入った契機は喜国雅彦「本棚探偵」シリーズであるから、そのあたりで名前を見たのかもしれない。ともかくも、初めて読んだのはちくま文庫日下三蔵編『怪奇探偵小説名作選 海野十三集』で、発想の面白さに驚嘆させられたものだった。

 で、此度読んだのは、サイエンステイスト抑え目な作品。

 

海野十三『少年探偵長』ポプラ社)昭28年12月10日, 高木清装画 2000円

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 この本はもう半年くらい前に、池袋のデパート展で買ったものだ。乱歩とかもそうだが、少年系の本、特に全集は相場が全くわからない。そこにきて裸のイタミ本が2000円というのは、他の買い物との兼ね合いから言って安くなかったけれども、その折ちょうど読みたいと思っていた作品だったので腹を括った次第である。

 話としては、まあよくある感じだ。主人公の少年探偵がいて、ひょんなことから財宝を狙う結社とそれを守る老人との争いに巻き込まれてしまう。その中で大切な友人をさらわれてしまい、謎を解きつつその奪還を計画する、というもの。休み休み読んでいたから、似た結構の他作品、たとえば最近読んだ大下宇陀児「空魔鉄塔」と筋がごっちゃになって困ったことであった。

 ところで、本作を執筆中に海野は逝去しているから、後半部は横溝正史が書き継いだということである。不肖なる私は、横溝を読んだことがないのでどこから作者が変わったのか判別がつかない。そのへん、全集解題あたりを参照すれば何か書いてあるのだろうか*1

 

 さて、買ったきっかけとして「ちょうど読みたいと思っていた」と書いたが、その理由は以下の1冊である。

 

海野十三原作 / 木の実和絵『長編冒険漫画 少年探偵長』小学館)昭30年8月1日小学五年生八月特大号付録 4500円

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 S林堂店内「ひとたな書房」、漫画家の喜国雅彦氏が本を売っているコーナーから購入したもので、値段に悩みぬいたが、附録にしては状態が良いしと買ってみた。とはいえコミカライズを先に読んでしまうのもなんだか、と原作を探していたのだった。本誌に「黒い花売り娘」を連載していたという武田武彦の序文によれば、作画の「木の実和」は「このみ・かずし」と読むらしい*2

 で、原作の後にこれを読んでみたところ、最低限の骨組みを残して少ないページにまとめられている印象であった。老人と悪の組織との確執もそのままで、主人公の少年が事件に巻き込まれていくさまも概ね原作通りである。

 敵のボスの正体が少し違ったり、殺されるはずの人が殺されなかったり、というのは省ページのための工夫として理解できるが、オチについては思い切ったなぁという感想を抱かざるを得ない。ネタバレは避けたいところだが、例えるなら竹内寛行の漫画に見られるようなカタルシスの拒絶とでも言おうか。もう2-30頁あればほとんど完全にストーリーを漫画化できるのだけれども、まあこれはこれで味わい深い。

 こういう探偵小説が漫画化されたもの、実は他にも数冊持っているのだが、原作が未読であることを理由に、大抵はそのまま放ってある。コレクション以外の小説*3も専ら「積ン読」を決め込んでいることを考えると、私の架蔵にかかった本たちは不幸極まりないというほかない。

*1:該当する端本を買おうかちょっと考えている。今どき全集は揃いでも高くないし、しかし全部は買えないから必要なところだけ、という心もありつつ、変に中途半端な巻だけ買うのも、という無益な葛藤である。

*2:表紙の表記だと「このみ・かずえ」と読めそうな気もする。なお、同序文では海野十三に「うんの・じゅうぞう」とルビを振っているが、個人的には「うんの・じゅうざ」派である。

*3:コレクションと割り切って買った本は、よほど希少なテキストでない限り読むことはない。面白そうだと元版を買い、読むために改めて文庫を買うこともしばしあるのだが、どうにもコレクターでない家人の理解は得られない。