紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

大収穫祭

 今日、11月23日は勤労感謝の日と呼ばれている。「感謝とか言ったってこちとら祝日も仕事だ」なんて人も少なくないだろうが、元は宮中祭祀新嘗祭だそうだ。ともあれ下等なる遊民は暦の日付が赤かろうが白かろうが全く関係なく、徹夜明けの体で神保町へ向かう。しいて恩恵を挙げるとするならば、行きの電車で安定して座れることくらいであろうか。

 シュミテンの列には少し早めに加わったつもりだったが、どうも普段と変わらないくらいの順番であった。それだけ祝日の恩恵に浴している人が多いということか。荷物を預けてから振り返った感じからしても、平日開催よりも心持ち圧が強い印象である。

 開場と同時に狭い入口に向けて人がなだれ込むのはいつものこと。フソウの棚においていい本を掻っ攫うコツは、偏に目立つところから掴んでいくことだと思っている。じっくり眺めなくてはわからぬような、例えば背表紙が読めない本とか雑誌とかは後回しにしたほうが賢明なのだ。今日も今日とてそうした自己流メソッドに従い、なかなかよい品を手に入れることができた。

 

谷崎潤一郎『鶯姫』(清流社)昭23年6月8日カバー献呈本 2800円

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 初めにパパっと抜き取った3冊のうち1冊がこれ。谷崎の署名本は『少将滋幹の母』の限定本だけを持っていて、誰でもいいから人に献呈したものが欲しいと思っていた。献呈先の太丸操なる人物、名前を見たことがある気がする。というか、この人物にあてた谷崎の署名を過去にどこかで見た覚えはあるのだが、どこでだったか全く思い出せない、と書いたところで、ご本人の指摘があり、某版道さんのツイートで見たものだと思い出した。太丸というのが何者かは、残念ながらわかっていない。ともあれ初っ端から嬉しい収穫である。

 

志賀直哉『荒絹』春陽堂)大10年2月23日初カバー 2500円

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 珍本がない志賀直哉の著作中、しいて珍しいものを挙げるとするならば『留女』函付と発禁本である『或る朝』函付くらいだろうか。それらに比べれば後の本など外装付きであっても高値にはならないわけだが、このカバーもけっこう珍しいと個人的には思っている。某目録を参照すると、白いカバーも存在するようで、茶色よりも珍しい由。尤も、意匠自体が本冊と同じで見栄えがしない点は同様である。初版には函付のものとカバー付のがあるのだったか、重版で変わるのだったか、何かで読んだように思うけれどこれも思い出せない。

 

山村暮鳥『葦舟の児』(日曜世界社)大11年11月20日初, 斎藤敏夫装 2500円

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 暮鳥の生前の本でも、特に童話は珍しいと認識していて、復刻も出て名前がよく知られている『ちるちる・みちる』ですら外装は確認されていないはずだ。と、いう程度の知識で買うには、背欠だし落丁もあるしで安い本ではなかったが、たぶん完本*1、いや本の形をしているだけでも全く手の届かない値段が付いてしまうと思う。なにより斎藤敏夫の絵がすごくかわいい。表紙もいいし、中のカラー挿絵の色彩も鮮やかで素晴らしいものである。

 ただ、さすがに本文が不揃いなのは気持ち悪いので、落丁分のページを近デジから補おうと思ったが、検索しても出てこない。残念。

 

④C・コロヂー / 佐藤春夫訳著『ピノチオ』鎌倉文庫)昭23年5月1日初, 初山滋装 800円

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 これはそんなに珍しくはないかもしれないが、装丁とか挿絵の感じがよくて購入した。かわいい絵ってわけではなく、素朴でともすれば怖いような気分さえ催すタッチで、これがピノキオの話にマッチしているように思う。和歌山県立近代美術館のページには「和歌山県新宮市出身の佐藤春夫が日本で初めて本格的に物語を翻訳するなど、日本におけるピノッキオの受容に大きく関わった地方でもあります」とあり、全く初訳というわけではなさそうだが、日本で広まったのに佐藤春夫が起因しているということは言えるかもしれない。

 ピノキオのストーリーは知っているけれども、本としては読んでいないはずだ。ディズニーのアニメ映画よりも、直近で観た2002年の実写版が記憶に新しいが、あれは原作にどれだけ準拠しているのだろう。

 

海野十三『黒人島(前篇)』偕成社)昭19年3月21日再版, 村上松次郎装 1000円

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 古書展の目録で注文することはまずないのだが、最近気になっている海野のちょっと攻めた題名の本ということで申し込んだら当たっていた。目録の記載からうかがうに散々なコンディションであったけれども、現物はまあそこまで悪くはなかったので幸いである。

 内容はまあ冒険モノらしく、前篇しかないから通読はできない。タイトルが近年の権利団体的にアレだからか、どうやら全集にも未掲載の作品みたいなので、入手できたのは嬉しいと言えば嬉しいが、今後後篇だけを拾うというのは不可能に近い気もしている。

 

⑥吉田與志雄(夏目漱石原作)『名作物語文庫 坊ちゃん物語』大日本雄弁会講談社)昭30年*2, 石黒泰治絵 1500円

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 最後に拾ったのが「坊っちゃん案件」である。表紙にも背表紙にも漱石の表記がなく、もしかしたら題名だけ拝借したパロディかもしれないと思いながら中を確認したら、原典をもとに吉田與志雄がリライトしたものであった。

 まだ読んでいないけれども、子供用に書き直されているため文章が非常に平易で、よく言えばわかりやすく、悪く言えば味わいがない。例えば有名な冒頭分「親譲りの無鉄砲で……」は影も形もなく、代わりに坊っちゃんと清との会話文から物語が始められている。

  世の中へ

「まあ、ぼっちゃん、よくおいでくださいました。さあさあ、おはいりくださいまし」

「うむ。ありがとう。だけど、ばあや、いつまでも、ぼっちゃんはよしてくれ。こう見えても、二十三なんだぜ」

「おや、ごめんくださいまし。でも、私の目から見れば、二十三でも三十でも、ぼっちゃんは、ぼっちゃんでございますよ」

「また、ぼっちゃんか」

「どうも、口ぐせになっておりますんでね。ぼっちゃんが、そんなことをおっしゃるなら、私にも、ばあやなどといわないで、清という名がちゃんとあるんですから、清とよんでくださいまし」

「そうか。そんなら清――」

「おほほほ。やっぱりぼっちゃんですわ。そうして、さっぱりしていらっしゃるところが、清は大すきなんでございますよ。さあ、そんな入口に立っていないで、おはいりくださいましな」(p.9)

繰り返すが、これは作品の一番初めのページである。漱石の原作にはなかった細々とした設定が加えられて、登場人物の為人を把握しやすくなっているともいえるかもしれないが、いきなりこの書き出しは語り過ぎている。恋人同士の他愛無い語らいではあるまいし*3、原典を知ったうえで読んでいる身からすればじれったいことこの上ない。 

 ちなみにこの場面は、学校を卒業した坊っちゃんが、これから松山へ向かうということで清に別れの挨拶をしに来たところである。従って、二階の窓から飛び降りて腰を抜かしたりとか、ナイフで自分の手を切りつけたとかいう、坊っちゃんの無鉄砲さを示す重要なエピソードは、少なくともこの段階では語られていない。それだからか、なんとなく坊っちゃんから柔和な印象を受けるのだが、その点に却って期待して読んでみたいと思っている。

 

 例によって、上に挙げたのは収穫の極々一部である。他にも志賀の署名入り限定本とか、『煙草と悪魔』『大津順吉』『太陽のない街』(10版)などの名著を買い、他方、ふだんなら買うラインの本も荷物と所持金の関係から泣く泣く棚に戻しつつ、結局お会計は3万近くになってしまった。明日も明後日も本を買いに出る用事があるのだが、祝日ゆえの散財として大目に見たいところ……。

*1:本来は函が付くが、題名と著者を書いた題箋があるだけの簡素なものなので、執着するほどのことはないと思う。安いなら安いだけよいということだ。

*2:奥付には発行日その他が記載されていない。辛うじて英文の"COPYRIGHT 1955 BY KODANSHA : TOKYO : JAPAN"という部分から発行年が読み取れるのみである。

*3:坊っちゃんと清との関係において、恋人のそれのような側面がないと言っているわけではない。ただ、坊っちゃんはこんなだらだらと話したりはしないものだと、私が勝手に思い込んでいるのだ。