紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

市場で買ってもらった本など

 もう2か月も前になってしまったが、遠路はるばる大阪まで出向いたのは、揃えている復刻のシリーズが販売されるためであった。漫画だから出た分についてはきちんとすべて読んでいるものの、貸本作家について詳しいというわけではなく、むしろ未知の作家と出会うべく買い続けているのだ。

 前回のが9月刊で、この度また新たな本が出たので、秋葉原まで買いに行った。都内の先行販売でほんとうによかったと思う。

 

円谷一平『ウルトラゴッカム・ウルトラビギス』まんだらけ)平30年11月24日カバー限250部内4番本*1 4000円

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 著者名とタイトルからわかるように、当時大ブームだった(らしい)円谷プロウルトラシリーズを多分に意識した漫画で、怪獣が町を暴れまわる点こそ共通しているものの、決して巨大化するヒーローの類は出てこない。この著者、円谷というのは実は橋本将次だということで、橋本はこの復刻シリーズですでに『幽霊患者』が出されているけれども、あちらは兎月書房的な怪奇漫画であったから、作風は大きく異なる。

 シリーズ全部に言えることだが、必ずしも漫画として面白いわけではない。ストーリーの筋が通っていないこととか終わり方があまりにも呆気ないこととか、いわゆるツッコミどころは満載である。とはいえ絵面の派手さ、本作でいえば怪獣ブームに乗っかるようなかたちでヒトデやゴキブリを巨大化させるアイディア自体は興味深い。このような貸本漫画は当時の風俗を知る上でも貴重、とするのはあまりに深読みしすぎだろうか。

 

* * * *

 

 踵を返して神保町へ。さすがにシュミテン会場は嵐の後という趣で、拾うものはほぼなかった。ということでフソウ事務所に赴くと、また棚が変わっているではないか。

 

②『谷崎潤一郎自選集』集英社)昭和41年8月30日元セロ函外函限1000内411号本 松子夫人署名, 伊藤憲治装 1800円

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 昨日、谷崎の署名本を購入したばかりでこういうものを見つけてしまった。限定本ということで、書物としての魅力は正直あまり感じられないが、没後刊行のために谷崎松子夫人の署名が入っているのは面白いと思う。

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 作家の署名本はもちろん好きだし、近親者の肉筆モノも私は見つけた範囲で買うようにしている。志賀康子の葉書とか、石川正雄の署名本とか、どうということはないかもしれないが、市場で探そうと思うと難しい。

 

③岩井允子『つぶれたお馬』(此村欽英堂)大12年1月25日3版, 初山滋装 800円

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 見覚えはあるから、以前の激安棚の戦いで残った本だと思う。改めてみると初山の装丁がかわいいし、序文にも野口雨情とか山村暮鳥とか、錚々たるメンバーが寄稿しているから購入してみた。

 ページをめくっていくと、著者のものらしい写真が入っているが、どうみても未就学児である。

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小さい時の写真を載せるにしてももっとあるだろう、と思ったのだが、雨情の序文をちゃんと読んでみて疑問は氷解した。

童謡集「つぶれたお馬」の著者、允子さまのお父さまは、京都においでになる詩人で、医学士の岩井信実氏です。允子さまのお母さまも、詩と音楽に趣味と同情とをお持ちのおやさしいお方であります。允子さまは、かうしたお父さまとお母さまとに愛育された、今年四歳になる可愛いお嬢様です。

(中略)

允子さまは、四歳のあどけないお嬢様ですから、御自分では片仮名さへもお書きになることは出来ません。しかし、物に感動するたび可愛い無邪気な声でお唄ひになります。この謡が允子さまの創作童謡なのです。

この「つぶれたお馬」は、お母さまがその都度お書きとめになつて置いた、允子さまが唄はれたそのままの筆記であります。(pp.2-3)

  なんと弱冠4歳の幼女が唄ったものを母親が書き留め、それを詩集として出版したというのだ。父親である岩井信実は、ちょっと検索しただけで初山滋と仕事をしていることが分かるくらいの人物であるから、豪華な序文を集めて本をつくるだけのコネクションはあったのだろうが、驚くべきことに「允子さま」の著作はこれ1冊ではないらしい。この本とて3版まででているというのがすごい。

 

④ポオル・ガツシヱ編 / 式場隆三郎訳『印象派画家の手紙』(耕進社)昭10年12月17日カバー函, 芹澤銈介装 鈴木繁男漆刷 3500円

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 ムシャ書房主人から「君のために落としといたよ」などと言われてしまっては買うしかない。激レアと言う本ではないが、漆のあしらわれた表紙の意匠は大変凝っているし、函もなかなか状態が良い。

 それよりも驚いたというか知らなかったのは、この本冊にカバーがついていたことだった。カバーと言ってもほとんど元パラみたいなものだが、やや黄色くて特殊な質感の紙である。全く見たことなかったし、脆いから当然数が残るタイプの外装ではないと思う。ということは本冊のこの美しさは稀有なものといえよう*2し、書誌的に貴重な一本を得られ、嬉しい買い物であった。

 

 なお、翌日も文フリでかなり散財することになるのだが、記載が面倒なのでこれは省く。もとより古本についても四方山話を語るブログであるから、趣旨としては間違っていないだろう。

*1:時間に集まった人でくじをひき、その順番に好きな限定番号を選ぶことができた。私は3番目に選んだのだが、その前2人が13番と1番を持って行ったので、まあなんでもいいけども貸本漫画らしく4番にしてみた。特に深い意図があるでもない。

*2:元パラのみならず、本来はカバー(ジャケット)や函も本冊を保護するためのものであるから、車のバンパーのように、それ自体の状態は二の次とみなすのが正当ではないかと思う。ところが、周知のとおりカバーとか函の状態は古書価格に大きく影響するし、時として本冊以上の値段に至ることさえあるのだから不可思議である。元パラについても、私は最近まで「付きモノ」として価値が付与されているものと思い込んでいたが、どうやら本冊の状態を保証するものと見なされていることの方が多いようだ。