紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

お祭り3日目

 当初の予定では、今回の古本まつりへ詣でるのを2日間に限ることとしていた。それは休みの都合でもあったし、また自分の浪費を諫める意味でも、足繁く神保町通いをするのは避けようとしていたのだ。が、ちょっと約束ができたのを幸いとして、午前中だけ軽く覗いてみることに。

 まずは朝からS林堂へ。

 

泉鏡花『薄紅梅』中央公論社)昭14年10月28日函, 小村雪岱装 500円

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 初めに掴み取ったのはこの本。鏡花本の中では珍しい方ではないが、即売会で安く拾おうとすると骨が折れそうだと思う。ゴテゴテ装飾だか補修だかされた函が少し残念(背はオリジナルのまま)だが、鏑木清方の口絵も綺麗に残っているし、裸としてもいい本が買えた。

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柳原白蓮『踏絵』(竹柏会出版部)大8年7月1日4版, 竹久夢二装 1000円

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 ちょっと値段を覚えていないのだがこんなところだったはず。サワーズグミみたいなデザインの表紙がよい。ちょっと傷みが目立つけれども、造本が甘いので仕方ないかなぁと思う。

 ところで、ひとつ無知をさらしておくと、この本の冒頭にある「白蓮夫人肖像」の写真を見るまで、柳原白蓮を男だとばかり思っていた。さすがに作者が男か女かは知っておかないと、作品の理解が大きく変わってしまいそうだ。

 

③窪田十一『人肉の市』(大日本雄弁会)大11年11年18日116版, 高畠華宵装 800円

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 これも値段の記憶が朧である。500円だったかもしれない。見たことはあったけれどもどういう本かまではわかっていなかった。改めて見ると、高畠華宵の装丁挿画が実によい。タイトルから『ヴェニスの商人』を連想していたのだが、全く別のアンナ・シェーエン『白き女奴隷』なる作品の翻訳だか翻案であるとのこと。

 116版というと相当重版されているように聞こえるが、同書では若い方のようだ。日本の古本屋でちょっと見ただけでも700版台があるし、1000版近くまで出たように推測している。だからといってどこにでも転がっている本でもない(レアでもない)のが不思議だが、島清『地上』と同じように忘れ去られたベストセラーなのだろうか。

 

④吉田静代編著『(復刻)料理小説集』(ゾーオン社)平7年9月11日カバー 500円

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 初めて見る本で、目次を見ると鏡花とか風葉とか白鳥とか、主に明治期に活躍した錚々たる面々が並んでいた。諸文豪の名作から料理にまつわる場面を抜粋し、登場する料理についての注釈が書きそれられた本である。復刻された奥付によると、元版は大正7年5月5日に三陽堂なる出版社から出されたそうだ。

 後から確認したら「坊っちゃん」も収録されていたから、個人的には蒐集対象として買っておいてよかったと思う。

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下宿先の食事に芋ばかり出るのに不平を漏らす場面で、薩摩芋を使ったレシピがたくさん紹介されているというのもおかしみがある。

 この本、講談社の編集者にあてた一枚箋が挟まれていて、曰く「(…)復刻分の半分は本屋で出してくれる筈が著作権継承者の全部がつかみきれず自費出版になりました(…)」とのこと。収録のうち、どれが抵触したのか不明だが、道理で検索してもよく事情の分からない復刻本である。なお、さらに調べたら同著者の本として『折々の料理』というのがあり、これが『料理小説集』の解題改訂版とのことで、マケプレで安価に入手可能。

折々の料理

折々の料理

 

 

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 また案の定リュックをパンパンにした状態で、最後に特選から1冊。

 

青野季吉『解放の芸術』(解放社)大15年4月13日署名 2000円

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 内容に興味はないし安くもなかったが、筆跡を持っていない作家なのでせっかく来た記念に棚から抜いておいた。

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この本の署名入りはけっこうあるようだなと思ったら、奥付に「著者の署名なきは偽作」とある。ということは、そこまでの部数が出ているわけではないのだろうか。

 

 古本まつりを戦場とするならば、私はもう満身創痍の極みである。ところが、土曜日にも予定があるのですごすご神保町に来てしまうあたり、もう行き倒れそうな感じすらしている。そろそろ置き場所が確保できなくなっていることもあって、家に本を持ち帰ると自己嫌悪に陥る日々が続いているけれども、しばらく状況を打開できそうにはない。