お祭り2日目
古本まつりの2日目にして、ブックフェスの初日でもある。昨年は青展を真剣に見たりはしなかったので、気になっている出版社のブースに朝から詰め掛け、研究書の類をバカ安価格で入手したものだった。
今回はと言うと、さすがに昨日のS林堂の魅力にあてられてしまったので、そちらを先にみていくこととし、一段落つけてすずらん通りはブックフェスを覗いていくという順序に決めた。
まずはS林堂ワゴンから。
①太宰治『パンドラの匣』(河北新報社)昭21年6月5日, 恩地孝四郎装 500円
今日最初に掴み取った本。太宰の本の中でも、恩地装ということでずっと欲しいと思っていた1冊であった。学生の時分、今は潰れて跡形も残っていないブックセンターいとうで復刻版を350円で購入したことが懐かしく思い出される。とはいえ、この版に挿絵があることはすっかり忘れていた。味わい深さという意味でも、この元版が一等よいと言えよう。
②安部公房『壁』(月曜書房)昭26年5月28日初, 勅使河原宏装 桂川寛挿画 500円
値段が値段なので再版かと思ったら初版であった。奥付を貼り換えることも可能だが、帯が付いているわけでもなし、そこまでする理由はないだろう。安部公房で欲しいのはこの1冊くらいなものだったから、リーズナブルに入手できてうれしかった。月曜書房の本で集める、という人もいるけれども、まあ戦後だし私としては食指の動かないラインナップである。
安部公房と言えば、前に地元の古本屋で奥野健男宛の献呈署名本を買ったことがある。そこそこ高い値段で買ったから本物でないと困るのだが、周知のとおり安部公房の署名はマネしやすいから偽物が多い。まさか献呈で、とは思うものの、怖いので鑑定を依頼できずにいる。
③上原綾子『ひなげしの花』(文陣閣出版部)大3年7月18日再版 500円
正直なところ、なぜ手に取ったのか覚えていないのだが、あとから調べてみるとこれもいい本であった。未知の作家、上原綾子は若くして亡くなった女流作家とのことで、これが唯一の作品集らしい。内容はひとまず措いて、内藤千代子が「萩香」名義で序文を書いているというのに目を奪われた。生前に交流があったとかいうことで、上原の文才をべた褒めしているから、ぜひ読んでおきたい1冊だ。
④『少年小説大系 第8巻 空想科学小説集』(三一書房)昭61年10月1日函 500円
『同 第12巻 明治大正冒険小説集』(同)平6年6月1日函帯 500円
『同 第17巻 平田晋策・蘭郁二郎集』(同)平6年2月1日函帯 500円
最近このあたりのマイナーな大衆系作家についてもちょこちょこ勉強するようにしているのだが、さすがに場所をとる本でもある。しかし月報も付いて500円というのは破格。これ以上安く入手する算段もつかないし、毒を食わらば、とばかりによさそうなところを3冊買った。
蘭郁二郎も好きだったりするのだが、楽しみなのは羽化仙史「月世界探検」である。題名からはもちろんメリエスを想起するし、きっと影響を受けていることとは思うのだが、オリジナリティが大いに発揮されているようで期待が高まる。
ということで本日もドカドカ買ったわけだが、『少年小説大系』3冊が決め手となり、おとなしく自宅配送を利用することとなった。配送料無料というのはありがたいが、肩が軽くなるのはなんとなく不安である。
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続いてすずらん通り。さすがの人だかりということもあるが、ブースの展開が大変そうだなぁと思ったことだった。というのも、開会のパレード前には歩道の上にのっけている台を、パレードが過ぎ去ってから車道の方へ下ろすのだが、ところどころにポールが立っているために、縦列駐車のごとく一旦切り返すことを余儀なくされるブースも散見されたのだ。それをお客さんがすでに詰め掛けている状態で実行するのだから、全く穏やかではない。幸いにして私の目当てとしたブースは、10時半にカッチリ開始というのではなく、順次欲しいものを売ってくれるようなユルいやり方であったから、さしたるストレスを感じることもなく色々購入してしまうことができた。
⑤長友千代治『江戸庶民の読書と学び』(勉誠出版)平29年12月20日2刷カバー帯 1800円
文学史とか文化史といった学問は謂わばメインストリームとなるかもしれないが、そうしたコンテンツが如何なる環境で如何様に享受されてきたかという問題は、案外調べにくいことが多い。少し前に書物蔵氏が『文献継承』という小冊子において「近代日本〈本棚〉史
どちらかというと、私の興味は書店に寄っている。今われわれが想像する書店の陳列とか店構えは、たとえば大正期のそれらと大きく異なっているはずだ*1。まあ写真資料が少なからず残ってはいるので、コツコツ見ていけば何かわかるかもしれないが、その視点からまとめた資料に出会ったことはない。
本書のテーマは江戸であるから、私の蒐集範囲とはちょっと異なっているものの、この時期に書物がどのように使われ出したかかという源流を見ることができようと思う。読者層それ自体もそうだが、その広がり方とか多様化について考えることは、日本における近代文学の形成にも大きく影響しているのではないか。と、知ったような口を利いたが、その実むつかしいことは何一つわかっていないのだ。
⑥鈴木俊幸編『出版文化のなかの浮世絵』(勉誠出版)平成29年10月11日カバー帯 1200円
これも比較的出たばかりの本である。出版予告が出た当初から気になっていたものの、高くてちょっと購えぬと諦めていたものだった。内容としてはタイトルとか帯にある通りなので、正直言うと私の守備範囲ではない。が、私が学生時代に鈴木先生の授業を受けていて、実物の和本を回して手に取らせてくださったり、神保町のどこの本屋がオススメかという説明をしてくださったり、などといった魅力が懐かしく、先生の新刊が出るとどうにも気になってしまうのだ。加えて、本書の「刊行によせて」を書いている先生は、(文学とか書誌とは実は全く関係ない方だが)私の一番の恩人である。だからどうということもないが、いくら小口にシミがあっても安すぎるので買っておいた。
⑤も⑥も、定価で買えば4000円を超える大物であるから、多少瑕疵があってもこの値段は申し訳なささえ覚える。新しいというのもあるけれども、この手の本は数年たっても古書価が一向に下がらない場合のほうが多い。まこと、ブックフェスさまさまである。
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そのあとはニホン書房へ。ツイッター上で取り置きをお願いしていた葉書を受け取りに行ったのだが、さすがに100円の葉書1枚をペラっと買うのもなんなので、1冊購入。
⑦太宰治『パンドラの匣』(育生社)昭23年10月25日 1500円
太宰は私の蒐集の原点ともいえる作家なので、異装版や後版も含め、安く見かけたら確実に買っている。さっきも購入した『パンドラの匣』であるが、先日購入した版と合わせてどうにか全ての版が揃った(と思う)。さらに面白いのは、この本にも先日買ったのと同じように誤植等々を指摘した書き込みが始終みられるのである。もしかしたら同じ人物の手によるかもしれないと思いつつ、見比べるのに最適かと買った次第。
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午後はフソウ事務所にお邪魔した。私が行ってしばらくするとムシャ書房主人がいらして、追加分をテーブルに並べていった。何冊か欲しかったが、ここ2日買い過ぎが続いて、量的にも経済的にもギリギリなので1冊に絞る。
⑧志賀直哉『夜の光』(新潮社)大7年2月15日再版, バーナード・リーチ装 3000円
すでに2冊持っていたが、再版でこれは安い。また、外装がないため傷みやすい紙装で知られる本書にしては、背の文字もよく残っていると思う。
志賀直哉の書誌として参考すべき本は、残念ながら今のところ皆無である。全集の書誌の巻を見ても重版までの記載はないし、そういう点では、たとえ完全ではなくとも何版まで確認したかが書かれている、漱石とか他の文豪が実に羨ましい。と書いたのには理由があって、実はこの『夜の光』の装丁とか重版についてひとつ気になることが浮かんでいるからなのだ。先日フソウ目録で購入した品と大いに関係しているのだが、それを語るには資料が著しく不足している。版違いで現物をこつこつ集めていく以外に、こうした問題を解決する方法はないのだろう。