花粉か眠気か
とうとう花粉の季節がやってきてしまった。ここ数日、どうにもうまく眠れなかったこともあって、花粉のためか眠気のためか判別のつかない目の違和感を抱えつつ、たまには気分を変えて高円寺へ赴く。
今日は愛好会の2日目。学生のとき以来だから、西部会館に行くのは5年ぶりくらいだろうか。場所の記憶があいまいで、単純な道筋なのに少しく迷ってしまった。
南部はほとんど訪れた経験がないので何とも言えないが、ここ西部においては、雑本の山から僅かに光る原石を掘り出すのが醍醐味である、と私は踏んでいる。とはいっても、ふだん私の購入する傾向からすれば、文学関連の「王道」ともいうべきラインナップであるから、今日は見学のつもりとでも言おうか、碌々期待もせずに本だけ眺めに行った次第である。
①花ちる里『二人孤児』(春江堂)大正4年10月1日6版, かすみ装 800円
中に入ってまず気になったのがこれ。この会場にあってはちょっと高く見えたが、カラー刷りの表紙がきれいだし、重版も出ているからそれなりに売れたのだろうと思って購入した。表題は「ににんみなしご」と読むようで、表紙では『二人みなしご』、本文タイトルは『二人孤児』、巻末の広告めいた欄には『二人みなし児』とあり、表記ゆれが甚だしい。
ネットで調べたのだが、「花散里」「花ちる里」では当然源氏物語がヒットしてしまうし、『二人孤児』では小杉天外の同名作品が出て来てしまう。表紙絵と口絵の「かすみ」というのも誰だかわからない。日本の古本屋で検索してみると、春江堂から出た同様の少女小説が発見できたが、いずれにしても重要視されている作品ではないということかもしれない。
②『日本及日本人 通巻500号』(政教社)明治42年1月1日, 中村不折装 500円
名前を辛うじて知っているくらいの雑誌だったが、不折の表紙が目を惹くし、春葉とか秋声の小説も掲載されているようだ。
新聞社の話とかも興味深いけれども、個人的には商品広告も面白い。以下の本棚なんて、「硝子戸は上部へ隠没する仕掛」があるというし、明治にあってはかなり機能性の高い家具ではないかと思われる。
そのほか、外の台からも新潮文庫の厚着本とかを少し拾い上げ、合計1700円も買ってしまった。予期せぬ出費でちょっと苦しくはあるが、気が乗り出したのでそのまま中野へ歩いてゆく。特別な用事はないが、だらけの海馬は定期的に見ておくと良いものが刺さっているのである。
③新美南吉/巽聖歌編『和太郎さんと牛』(中央出版株式会社)昭和21年9月15日, 大澤昌助装 108円
100円の棚を眺めていたらこんなものを見つけた。背表紙は傷んでいて、「新美南」「和太郎さんと牛」が辛うじて読めるレベルで、又裏表紙も欠だが100円とは掘り出し物であろう。同作家で言えば、やはり生前刊行の『おぢいさんのランプ』が欲しいけれども、やはり人気だし高くて買えない。処女刊行本である伝記小説の『良寛物語 手毬と鉢の子』は安いが、そこまで欲しい感じがするでもないし、逆に言えば、だからこそ安いのだろう。
ところでこの版、国際子ども図書館のサイトで見ると、表題作であるところの「和太郎さんと牛」がGHQの指示により改稿されたとある。他のバージョンと読み比べてみたいものだ。
④太宰治『二十世紀旗手』(浮城書房)昭和22年5月1日 540円
これは店内の戦前文学コーナーで発見した。同コーナーにはGケースもあって、今日は岩井允子『つぶれたお馬』の裸が12000円で売られていて誰が買うんだろうと思ったりした*1が、そうでない普通の棚の方には、荷風や谷崎などのよく見かける本がちょい高いくらいの値段で並べられているのが常である。
太宰について言うと、ここにはいつも復刻が多く置いてあるのだが、たまに元版が混ざっているので要注意である。今日も今日とて、これが500円なら裏表紙外れていても(残存)買っといていいだろうと思う。
ヤフオクを見ていると、太宰の初版本はボロい戦後刊行のものでも平気で3000円4000円ついたりするようだ。『愛と美について』の後版みたいにペラペラのものにそこまでは出せないけれども、『二十世紀旗手』くらいしっかりした造りであれば、私でも1000円くらいまでなら出してしまうかもしれない。
ちょっと嬉しい2冊を掴んだ後は、中央線に乗り込んで阿佐ヶ谷へ。NEO書房が閉店するというので最後くらい覗いておこうと思ったのだが、既に営業はやめにしたような雰囲気であった*2。選挙事務所として貸し出すとかいう話を聞いたが、その後短期間でも復活するのだろうか。いい客でなかったとはいえ、やはり店が減りゆくのは悲しい。
残念と頭をたれつつもササマへ向かう。既に本が詰まって肩が重いし、今月は本当に金がないので泣く泣く1冊のみに絞る。
⑤『某マイナス1号 平井功訳詩集』(エディション・プヒプヒ)平成18年7月15日限200部内第188番本 2060円
表紙が目に留まり、「Ko Hirai」が「平井功」であると理解するのに数秒を要した。平井功関連としては、S林堂が数回にわたって出版したものがあり、私はそのうち『驕子綺唱』だけを所持している。
けっこう前に出版された同人誌だが、調べたところ当時でもほぼ瞬殺で売り切れたらしい。小野塚力氏のエッセイも読みごたえがあるし、対訳仕様というのがとてもいい。英詩としても楽しめるうえ、平井の日本語の妙がより際立って感じられると思う。
うっかりいろいろと買ってしまったが、先に書いたように、今月は本当に経済的余裕がない。新しいことを始めるというのは何かと辛抱が必要ということか。下等遊民には厳しい日々が続きそうである。