紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

無沙汰の突撃

 久々のシュミテンである。ある筋からのタレコミによれば、今回のフソウさんの棚には著名な児童文学研究者の旧蔵書が並ぶとかいう話であったので、そんな好機はゆめゆめ見逃せぬとばかり、勇んで会場へ向かう。

 しかし、この1週間マトモに睡眠をとれていなかったことと、乗るべき電車を逃したこととによって、いつもより10分ばかり遅刻してしまった。すでに前方には優に40人が並んでおり、私はというと、荷物を預けた後でギリギリ最下層に足をつけることができる程度の位置取りだったため、この時点で本日の負け戦を確信したことであった。「今日はいつもより人が多い」というのは、シュミテンにおいて毎度感じている気がしないでもないが、ともあれものすごい圧である。

 

 そういうわけで、手始めにスパパッとよいところを2-3冊掴んでから手早く棚を見てゆく、といういつものメソッドに従うことは叶わず、すでに形成された黒山の人だかりを縫うようにして視線を走らせる。いつも思うことだが、私が出遅れて棚に到達しても、案外近代文学の良い本がけっこう目立つ形で残されている。ちょっと前に『吾輩は猫である』を手に入れたとき*1もその例であった。で、今回もどうにかこうにか人の隙間から腕を差し入れて面白い本を手に入れることができ、ほっとしている。

 

谷崎潤一郎細雪中央公論社)昭24年2月1日帙入特製愛蔵本著者直筆題箋 3000円

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 まず掴んだのはこれ。タスキには「限定、シミ」としか書いていなかったが、一目見て「これは確か」とひっかかるものがあった。この時点では300部限定の特製版と混同していたのだが、帙を見てピンと来たのは我ながら鋭かったようで、念のため先輩に確認したところ、やっぱり題箋は谷崎による直筆なのであった。本来あるらしい外函と、上中下巻のうち1冊分の元パラ的な和紙とが欠であるが、まあ実質署名本のようなものだし、限定部数は知らないけれども安くて嬉しい収穫であった。

 

久保田万太郎『一に十二をかけるのと十二に一をかけるのと』中央公論社)昭12年12月20日, 伊藤熹朔絵 1000円

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 これは最下段の平台に刺さっていた本だが、しれっと置いてあるものだから初めは復刻版であることを疑ってしまった*2。近文から復刻が出された名著を中心に蒐集している中でも、児童文学シリーズは特に思い入れが強い。この本にしても、以前某店で背改装の裸本が4000円で売られているのを見てひとしきり悩んだことがあるけれども、これは致命的な瑕疵もないのに安いと思う。表紙の絵は布装の上からシールを貼ったような感じだから、これでもきれいに残っている方なのだろう。

 

③金子薫園選『凌宵花』(新詩壇社)明38年7月10日, 平福百穂装/中村不折挿絵 800円

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 ビッグタイトルでもないし、そこまで名の通った作家でもないが、実はこれもずっと探していた本である。ずいぶん前にシュミテンのフソウ棚で発見していながら、購入をせずに深く後悔した1冊で、表紙のドット絵的なテイストが明治期のものとは思えない美しさを醸している。平福百穂による絵と記載されているのだけれども、これは日本画家で、ここまで「尖った」作風は他に見当たらない。ドットで表現するというのは、ある種スーラ的な点描法と同様の発想と言えなくもないように思う。ともあれ今でも通用するセンスであろう。

 同書はこれ以外にもう1冊あったが、そちらは改装本のようで、表紙のドット絵部分のみを切り取って表紙とし、本文の余白もギリギリまで裁断されていた。

 

④コロンタイ/内山賢次訳『グレート・ラヴ』(アルス)昭5, 恩地孝四郎装 400円

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 知らない本であったが、なんとなくマヴォっぽい感じの背表紙だったので拾い上げてみると、アテこそ外れたがカラフルな恩地装であった。周知のように、アルスの本はちょっとした叢書みたようなものでも恩地装であることが多く、恩地が好きな私であっても、そんなものまで集めていてはキリがない。けれどもこの本については、色合いのいいカバーがちゃんと残っているし、本冊の表紙にはカバーと異なるデザインが凝らされていて好い。ただし正直なところ、内容にいささかの興味もないまま購ってしまった本である。

 

瀧井孝作『妹の問題』(玄洞社)大11年10月18日, 河東碧梧桐題字 1000円

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 実に地味な本であるが、瀧井は志賀の弟子筋という観点から気にしている作家だ。とはいっても、『無限抱擁』の後版は縦に突っ込む函入りの和装本で面白いけれども、それ以外は取り立てて欲しいと思える作品がなかったりする。この本はしかし、瀧井の初めて出した本ということもあって、一応持っておきたいところであった。ネームヴァリューの低さからか、これまで市場で見かけることはなかったが、フソウさんが裸本に1000円も付けているということはそれなりに珍しいのだろうか。なお、『瀧井孝作文学書誌*3』を参照すると「カバー 表紙と同色」「函 茶ボール」とあるから、この時代にしてはしっかりした外装のようだ。

 

 そんなこんな17冊でお会計は18000円くらい。シュミテンにしては(又、私にしては)まずまず倹約できた方だろう。来週はワヨー会に合わせてさくらみちフェスティバルも開催される。花粉の舞い散る過酷な環境だが、何か拾えたらという期待を胸に馳せ参じずにはいられないのだから困る。いま私生活でちょっと金が要るのだけれども、元より本のために生活している側面が強いのだから、その出費ばかりは抑えたくないものだ。

*1:と思って調べたらもう去年の7月のことなのだった。まさに光陰矢の如し、である。

*2:同様に刺さっていた新美南吉『おぢいさんのランプ』カバー付は、さすがに復刻であった。

*3:我ながらマニアックな本を持っている。『妹の問題』が処女出版であることも、私はこの本によって学んだ。瀧井書誌じたいはそこまで珍しくないのだが、これは83部のみ発行された、肉筆識語署名入りの特別限定版である。定価は30000円だったらしく、いったいどんな人が購入したのか少しく気になる。