紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

圧倒的百均棚

 フソウ事務所の百均棚の存在を知ったのは、某版道さんのツイートからであった。画像を見やると、とても均一棚のものとは思えぬ良書が整然と並んでいる。

 このツイートを受けて悲鳴を上げたのは、第一には遠方のコレクターであり、第二には古本屋だ。某店の店主など「あんなのあげられちゃたまんないよ」と嘆いていたくらいである。それだけ破壊力を伴うラインナップだったという証左だろう。ただし、あくまで事務所設置の棚であり、誰でも入れるわけではないので、それが唯一の救いとでもいうべきか*1

 それが4月の頭のことで、ところが貧乏暇なしの私は、残念ながら今日まで事務所に赴く機会を得ることができなかった。まあ私の欲しがる本など、事務所に出入りしている歴戦の勇士たちにとっては歯牙にもかけぬ代物だろうし、そこそこの期待を胸にお邪魔したのであった。

 

①沖野岩三郎『渾沌』大阪屋号書店)大13年3月25日5版函 100円

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 画像を見て真っ先に惹かれたのはこの本。蒐集対象としている沖野の中でも、持っていない作品の函付完本である。絶対に何人も買うまいと思ってはいたが、無事棚に残っているのを見、改めて胸をなでおろした。

 手に取ってみると、本冊の状態が良いのに思わず小躍りしてしまった。デザインもモダンな感じで大変好みである。沖野で大阪屋号書店から出ている別の著作から類推すると、蕗谷虹児による装丁ではないかと思うのだが、どうだろうか。

 

②千葉省三『トテ馬車』古今書院)昭7年1月4日4版, 川上四郎装 100円

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 カバー欠なれど、これが100円というのは嬉しい。

 向川幹雄による近文復刻の解説には、以下のような記述があった。

『トテ馬車』は、昭和四年六月、土田耕平の推薦で古今書院から刊行された。社主と耕平は同県出身者、耕平は「童話」の寄稿者という関係である。初版は五〇〇、装幀、さし絵には、「童話」時代からのつながりのあった川上四郎を省三が望んだ。装幀について、自分の童話の持味を生かすためにも、けばけばしさのないじみな感じを省三自身が希望したという。(『名著復刻日本児童文学館 解説』p.149)

初版部数は案外少ないが、着実に版を重ねているところから察するに、同時代評価はそれなりに高かったのであろう。また「じみな感じ」とあるが、本冊は特別地味という感じがしないので、カバーについての印象ととらえたほうがよいように思う。

 

荻原井泉水『野に出でて』(層雲社)大12年5月30日 100円

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 いわゆる自由律俳句というのは学生の頃から面白いと思っていて、山頭火とか放哉といった有名なところは読んでいたのだが、橋本夢道とかちょっと奥まった作家となると、なかなか手に取る機会が持てなかった。

 井泉水は雑誌『層雲』を運営して、その後の自由律俳句の繁栄を礎となったような俳人である。しかし代表作(句)となるとちょっと思い浮かばないので、どっかでまとめて読まなくてはいけない。

 ホチキス止めで簡易製本された本書は詩集で、ちょっと読むと描写とか視点に面白い発想が見て取れるように思う。こういうテイストは、やはり著者の俳句にも通底しているのだろうか。

 

 今日は合計6冊で600円。安いから「ここからここまで」と節操なく買うこともできるのだが、大人なので欲張らないことにした。値段もさることながら、面白い本が買えたので満足だ。

 ところで、ふだんからお世話になっているムシャ書房が、次回からシュミテンに進出することが決定し、さらには近日中に目録が発行されるという。蒐集がどんどん楽しくなってくるではないか。

*1:明確に会員制というわけではないが、仲間内の人間でなくては入れないというのが「粋」である。目録も同様、今となってはコネクションに頼る以外に「会員」となる術がないのだから、私など頗る運に恵まれていると思う。