紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

閑暇の葉月

 まあ健康的と言えば健康的なことではあるのだが、8月はほとんど古本屋をめぐる暇がなかった。また目ぼしい即売会も見受けられなかったため、駆け出しのコレクターといえど少しくフラストレーションみたようなものがたまってしまう。

 来月はシュミテンもマドテンもまとまってやってくるから節制は必要だが、日々の困憊を慰める術をほかにほとんど知らないとあっては、僅かな時間をやりくりして身近な古書店に駆け込むよりほかないのだ。

 

①『文豪とアルケミスト オフィシャルキャラクターブック』一迅社)平29年2月22日2刷カバー 200円

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 このごろ足が遠のいていた、ブックオフでの買い物である。

 ブックオフというと、一昔前は古書マニヤならずともポツポツ拾い物ができることは広く知られていて、私においても、100円の文庫コーナーからお得な買い物をした記憶は1つや2つではない。

 ここ数年はしかし、ネット相場を強烈に反映した値付けとなってしまい、100円コーナーを見やっても「100円コーナー」然としたラインナップしか見られなくなってしまった。比較的高い棚にしても、下手をすると法外なプレミア価格*1を導入していたりして、購買層をどこに求めているのかよくわからない状況となっている。

 

 で、店舗を問わずあんまり入店しなくなってしまったのだが、気が向いたので自宅からちょっと距離のある店舗へ行くと、思いのほかいろいろと拾うことができた。多田克己『幻想世界の住人たち4』とか平凡社ライブラリー『増補にほんのうた』とかが100円というのは嬉しい収穫だ。

 文アルのキャラクターブックも、この値段でなければ買わなかったが、定価2000円なのに同じ値段で2冊も刺さっていたことからするに、もうブームは去りつつあるのだろう。一プレイヤーとしては少し寂しいものがある。

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 ちょっとゲーム要素というか、「女性向け」を意識した創作も交じっているものの設定は史実を踏まえているし、相関図も参考になるからファンとしては持っておきたい、と書こうと思ったけれども、ファンならもっと立ち絵のヴァリエーションとかを求めてしかるべきであろうとも思う。

 

②中本たか子『南部鉄瓶工』(新潮社)昭13年4月1日, 田口省吾装 864円

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 三鷹の輪転舎は、自宅からだと少し億劫な距離にあるのが難点だが、ほぼ毎回何かしら拾えるので早くも定点観測地点と化している。

 店内の、黒っぽい近代文学棚(?)に刺さっていたこれは、新潮社の新選純文学叢書の1冊。以前購入した鑓田研一『島崎藤村』、堀辰雄風立ちぬ』と同じ叢書で、未だ太宰への購買欲は捨てきれぬものの、安いものでポツポツ揃えられたらなぁと思っていたところだった。

 中本たか子じたい、閨秀作家として興味がなくはないけれど、本書の内容は別段読みたいというほどでもない。ただこのシリーズは装丁が良く、特にタイトルに使われている丸ゴシックみたいなフォントが好みであるから、今後もこのくらいの価格帯で蒐集していきたいと思う。

 

③北田内蔵司『百貨店と連鎖店』(誠文堂)昭6年10月20日函 864円

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 同じく輪転舎から。店内は安い本が多いから、これとて高めと映ったけれども、内容は貴重だと思う。

 百貨店はともかくとして、連鎖店という言葉は実のところ知らなかったが、チェーン店と言えばどういうものか理解はできる。というのも、当時は個々の商店が独立してあるのがふつうで、今のようにセブンイレブンとかミスタードーナツとかいうふうに同じ看板を掲げて各所に店舗がある、という営業形態は主流ではなかったのだ。「大量仕入と多量販売を目的とする経営法に依る小売店(p.319)」と解説されているのは、町の八百屋が大型スーパーマーケット群に駆逐されたのを想像すればわかりやすい。

 古書価としてマイナスである本文の赤線は、理解を深めやすくなると個人的には思っているし、図版も比較的多いのが楽しい。

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しかし画像が荒めなのは残念。このあたりの商店の在り方に興味があるのだが、内装の写真はなかなか残っていないのである。

 

桜井勝美志賀直哉随聞記』(宝文館出版)平元年8月30日初版カバー帯 100円

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 S林堂の均一より。近代の本で嬉しい拾い物もぽつぽつあるのだけれども、これは内容が目当て。

 桜井と言う筆者、研究者というわけではないようなのだが、志賀直哉に関する卒論を書き上げたのち、諏訪町の志賀邸に赴いて手渡しで感想を求めている。そののち交流が続いたようで、志賀直哉から直接聞いた話をまとめたのが本書の前半部というわけだ(後半分は筆者のエッセイで、北川冬彦や村野四郎といった詩人を中心とした内容である)。

 まあ個人的に志賀は好きな作家だが、研究書とか証言まで細かく追っておらず、ここに記された内容がどれほど界隈に知られた事実なのかは判断がつかない。けれども、例えば次のような一節は私としては未知の事柄であって、志賀直哉の思想の一端を知られたようで嬉しい。

「鴎外さん(先生は鴎外さんといわれた)は、美学とか哲学には玄人だが、文学の仕事の上では素人といえる。これが弱わみだと思うね。ぼくたちは文学の道では玄人だと思う。」

と云われ、つづいて有島武郎については、

「武郎さんも素人のところがあり、弱さがある。」

とも云われた。(p.18)

  このごろようやく文学の内容とか文学観とかいった、小難しいものを扱った文章の読み方が分かってきたように思う。学生時代の修行不足を呪うとともに、楽しみが増えたような心地だ。

 

 

 古本は買っていないと書いたが、S林堂で販売されているあれこれを始めとして、新刊本の購入が続いているから、結果的に書籍購入費は例月並である。これで息切れしないのが不思議なくらいだ。

*1:今は亡き渋谷センター街店だったか、サンリオSF文庫に手書きの値札でプレミア価格をつけているのを見たことがある。タイトルは失念したが、下手をすれば100円で投げ売りされるほどよく見かけるものに数千円をつけていて、ようするに個々のタイトルの希少性までは把握していないのに、「サンリオSFは高い」という生半可な知識だけでやっているのだなと落胆したことだった。が、他方で100円コーナーにはブラッドベリ『万華鏡』が転がっていて、まあこれは買ってもいいだろうと不可思議な気分のまま購入した。