紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

還元祭

 キャッシュレスの時代である。私は現金でチマチマと支払いをするのが嫌いなので、常に3-4のカードなり支払い手段を持ち歩いていて、それを使い分ける形で日々の買い物を済ませている。

 ところがどうにもキャッシュレスで対応できない支払いというものもいくつかあって、そのうちのひとつが古本屋であった。デパート展を除く即売会でもクレジット決済が導入されれば、買う量が青天井になろうことは措いても、より便利になることは確実だろう。

 と、思っていた矢先にPayPayが台頭し、多くの古本屋でこれが使えるようになった。大変喜ばしいことである。

 今日はその創立祭ということで還元率20%となるから、これを好機とばかりに導入店を駆けずり回ってきた次第である。なお、本日に限り、購入価は還元分を引いて実質的な支払額としてある。

 

 まずはS林堂。

 

夏目漱石『心』岩波書店)平26年11月26日第1刷函帯, 漱石祖父江慎装 80円

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 祖父江氏により、組版から装丁から拘りぬかれた豪華な本である。底本は漱石の自筆原稿で、「…」の数も明らかな誤記もそのままに再現されていると、発刊当時何かの広告で読んだ。

 以前、ブックオフにて「ブックオフ的価格」で売っていたものを購入しているので、実家にあることは確実なのだが、特別な瑕疵もなく汚れもないのに100円均一というのはもったいなく思われ、購入してしまった。

 

②平山三男編著『遺稿「雪国抄」 影印本文と注釈・論考』(桜楓社)平5年9月20日カバー帯 80円

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 知らない本だったが、背文字の「雪国抄」が明らかに川端の筆跡だったので気づくことができた。『雪国抄』と言えば、『雪国』刊行からしばらく経ってから川端が本文を改め、全編毛筆で書いた影印版として出版された本である。

 で、この本はそれを翻刻したうえで細かい注記が付されており、著者のことはよく知らないが意欲作といえよう。そもそも『雪国抄』としては未読なので、まあ研究の一端を触れるような心地でパラ読みしてみたい。

 

三島由紀夫金閣寺(新潮社)昭31年11月30日3版カバー帯, 今野忠一装 80円

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 三島のコレクターではないが、こういう名作が安いとどうしても買ってしまう。

 以前同じくS林堂均一から重版カバー付を購入した。コレクターとして本を買い始める以前の話で、その時は元版が100円というだけで嬉しかったものだが、帯付で100円というのは愈々買わざるを得ない。

 帯といって、映画化等々多くのヴァージョンがあるらしいけれども、これは版数も浅いので初版のそれとほとんど変わらないデザインであるようだ(少なくとも定価は違う)。

 

 そのほか横光利一旅愁』の改造社名作選版4冊揃い*1とか『宝塚歌劇四十年史』とかも拾い、また店内では藤澤清造の新刊『狼の吐息 愛憎一念』を安く購入したり*2で、リュックは満載となった。

 

 この段階で激しい睡魔に襲われていたが、オトワもPaypayが導入されたはずだと向かってみる。

 

④赤い鳥事典編集委員会編『赤い鳥事典』柏書房)平30年8月10日1刷カバー帯 5500円

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 この店では均一から拾って、あと店内で新刊が安かったら買ってもよいか、程度の意識だったのだが、思いがけぬ大物を発見。

 個人的に児童文学には興味があるし、いわゆる「児童文学作家」と呼ばれずとも「赤い鳥」と関連のある作家は多くいる。芥川とか広津あたりがその例である。

 事典というだけあって、辞書のように「引く」よりも研究書として読んでいく方がよさそうだ。気になる数名の作家、未知の作家、また海外作品の受容なんかも詳説されていて、読みごたえは確かであろう。

 

 しかしまあ、5000円というと黒っぽい古本でも少しく好いものが買えるラインなわけで、いまここでこの出費は真綿で頸を締めるが如く、後々効いてきそうである。

*1:ご主人からは「持ってるでしょ、基本だよ」と言われ、確かに私の蒐集分野からすれば、もっと早く買っているはずの本である。逆にいうと今更買うようなところでもないのかもしれないが、元版まで追い求めるほどのファンでもなし、100円で4冊なら安いものであろう。

*2:いい読者かというとそういうわけでもないのだが、やはり藤澤清造関連の資料としては西村賢太の研究は一流である。本文もさることながら、書誌とか年表の方がむしろ気になるところであったのだが、定価での購入は躊躇していた。新刊の講談社文芸文庫が半額以下で買えてしまうのは、この店ならではであろう。