紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

埋め草の古書展

 1年前あたりのマドテンがすでに懐かしい。申し訳ないことではあるが、もう長いことこの古書展でハッスルしていないような気がする。

 アキツが不在というのがまず大きく、近代文学の量が半減してしまったのは痛恨で、更に蝙蝠の時折見せるフィーバー状態も拝めないとあって、マドテンから足が遠のいてしまいそうな心境である。

 今日はそういうわけで休みの申請を出してはいなかったが、偶然仕事がなくなったので参戦することにした。20分前に到着すると、シュミテンと変わらないくらいの圧で人が並んでいる。荷物を預けた後はふだんどおり最下層で待たされたものだから、先輩と「密もいいとこですね」「正に超・三密ですよ*1」と嘆き合った。

 

夏目漱石『鶉籠』春陽堂)明40年2月1日再版, 橋口五葉装 500円

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 まずはケヤキへ足を速め、これが目に留まっては抜くしかない。状態は並。角のイタミが厳しいが、ヤケは少ない。500円ならとりあえず買える。

 『鶉籠』の元版はこれで6冊目となった。うち初版は2冊だが、再版は初だった。最新版の書誌である『定本 夏目漱石全集 別冊下』によると、重版は13版まで確認されている。次の縮刷『鶉籠・虞美人草』の初版までは1年の開きがあるから、もう少し元版の重版があっても驚かない。

 

石川達三『蒼氓』改造社)昭13年11月23日11版 200円

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 もちろん重版だけれども安いと思う。装丁者はわかりそうでわからない。

 『蒼氓』は水島治男宛著者献呈本の重版を持っていたが、読むのには今日買ったくらいのものがちょうどよい。初期の芥川賞受賞作は全集以外だとけっこう読みづらくて困る。とはいえこれは文庫もあるし、だいぶマシな方ではある。

 

林房雄『都会双曲線』(先進社)昭5年1月20日, 村山知義装 800円

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 装丁に惹かれて手に取ったがやや高かったか。

 表題作「都会双曲線」をちらっと読むと、モダンな男女の交流が描かれている。村山の装丁の印象にピッタリだと思う。他に収録の「新いそっぷ物語」や「絵のない絵本」(翻訳ではない)といったパロディ的作品集も、星新一のようでこの時代においては非常に面白い試みである。

 

④『現代猟奇尖端図鑑』内容見本? 150円

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 会場がそれなりに飽和し、惰性で棚から棚へと渡り歩いていたら目に留まったもの。OPPに突っ込まれたエフェメラ群の中で、女性の顔のドアップと「現代猟奇」の文字が見え、中を見ると果たしてあの『現代猟奇尖端図鑑』の広告なのであった。

 どういうところで配られたのかは不明だが、貴重なものであることは確かだろう。聞くところによると『石神井書林日録』に取り上げられているらしい。意外にも架蔵していなかったので、早めに目を通しておきたいところだ。

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 もうずいぶん前のことだが、函欠本を買っておいてよかった。書き込みがひどいとはいえヤフオクで1000円くらいだったか。こういうのはとりあえず手元にないといけないし、函もまあその気になれば手に入らぬでもなし、優先度は低い。

 

 しかしやっぱり古本を漁るのは面白い。今日など6千円弱で2時間近く楽しめた。

 年度も変わり、遠方から戻られた先輩が早くも山と買っているのを目撃し、私もまだまだ修行を積まなくてはなと思ったことであった。

*1:大声でこそないが、あの場にいる人は多くが知り合い同士だったりするので、会話も生まれる。当局にあの場の写真を見せたらお咎めナシでは済まされないのではないかと思わぬでもない。