個展、道すがら童話を
梅雨に入ったのか入らないのか、いまいち判然としない日差しの中を歩くのはほんとうに大儀である。古書展はしばらく先までなさそうだが、美術館や博物館はそれなりに営業しているなか、どうも調子が取り戻せなくていけない。以前なら週に1度はどこかの展示を見に行っていたというのに……。
今日はあまり気分も優れなかったけれども、どうしても外出しておきたかったので、まずはヨミタヤから。
①木下恵介『松竹映画シナリオ 野菊の如き君なりき』(映画タイムス社)昭30年11月15日, 宇多田二夫装 110円
いま見返すと不可思議でもあるが、背を見た瞬間に「ああこれは『野菊の墓』のシナリオだな」と直感した。調べると映像化はこれが初のようだ。民子役は有田紀子、政夫役は田中晋二とあるが寡聞にして両名とも知らない。
『野菊の墓』の映像化というとやはり松田聖子版が想起される。政夫役の桑原正の棒読みがよくネタにされるけれども、今見ると松田聖子もたいがいだし、作品の価値を損なうほどひどいとは思われない。
本書の冒頭には花言葉が引かれている。曰く、〈野菊・障害、思うことがかなわぬ乙女の悩み〉〈竜胆・純情、困難とたたかいぬく少年の正義感〉と。これは知らなかった。
②乾信一郎/野田たかし編『たのしいどうわ コロの物語 第1集』(鈴木出版)昭33年9月10日, 太田じろう絵
―――――――――――『同 第2集』(鈴木出版)昭33年11月10日
―――――――――――『同 第3集』(鈴木出版)昭34年1月20日 各110円
魅力的な児童書がささっていて、巻末広告などを参照すると3冊で揃いらしいのでまとめて買ってみた。
乾信一郎というのは聞いたことがあるなと思っていたが、調べると『新青年』の5代目の編集長で、新青年展を見た直後の身としてはむしろすぐに思い至らなかった点を恥じたい。
家に帰って紐解くと、なんと表紙や挿絵の描き手が太田じろうであった。太田は「こりすのぽっこちゃん」が比較的有名で、近年資料性同人が出されている画家。1年ばかり前に秋葉原で展示も開かれたのが記憶に新しい。『太田じろうを探す旅』令和元年改訂版には、本書の第1集しか掲載されておらず、なかなか揃いでは出ない本ではないかと思う*1。
なお、Wikipediaで乾信一郎の項を見ると、『コロの物語』は〈1~4〉とあるが、これは工藤市郎作画の漫画版と混同したものか。
電車を乗り継いで、曙橋へ。降りたことのない駅だ。
閑静な住宅地にポツンとあるギャラリーにて、各種探偵小説ほかの装画で知られるYOUCHANさんの個展が開かれているのである。独特の色使いと雰囲気は、殊モダンな雰囲気の小説によく合っているように思う。眺めていると、題材となる作品を読みたくなるくらいには惹きこまれて見てしまうアート群であった。
③『YOUCHAN個展図録 文学山房5 ゾランさんと探偵小説』(盛林堂ミステリアス文庫)令3年6月9日カバー特装イラスト署名限150部内144番本 1500円
通常版は通販でも購入できるが、特装版は会場限定。しかも150部とあっては急がないと売り切れは必至である。いくら内容が同じといっても、コレクターとしては限定版を入手しなくてはならないのである。
会場ではYOUCHAN装による本がかなり多く販売されていたが、扱いのない本については、本書や展示キャプションのQRコードから探せるようになっている。つくづく便利な時代だ。
特に気に入った「白昼夢」のポストカードも一緒に購入。
外出する機会もそうそうないので、新刊書店へも足を運び、注目の1冊を購入。
④日本近代文学館編『教科書と近代文学 「羅生門」「山月記」「舞姫」「こころ」の世界』(秀明大学出版会)令3年6月10日初版第1刷カバー帯, 真田幸治装 2200円
某版道氏の企画による1冊。「教科書のなかの文学」は近文の展示のシリーズ名で、考えてみるとなんだかんだ1度も見たことはなかったはずだ。
寄稿している研究者の面々は、各作品の著者である文豪の研究者として著名な方ばかりで、読みごたえは確かだろう。図版はフルカラーで、毎度のことながらお手頃価格というのが嬉しい。まずは北村薫のインタビューから読む。
しかし暑い。夏はまだまだこれからだし、気温も実際のところ30度に達するかどうかといったところ。どうにも年々体力が落ちているのは自分としてもいただけない。
*1:検索するとヨミタヤの販売データが出てくる。16500円とあり、書影を見ると今回入手した個体と同じもののようだ。思い切った値下げか、何かの間違いか……。