紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

桜桃忌直前

 桜桃忌といえば太宰治の命日(正確には死体の上がった日)だが、数ある文学忌のなかでも多くのファンが史跡に詰め掛けることで有名である。

 私は今までに2度、桜桃忌に禅林寺へ足を運んだが、そのどちらも人でごった返していた。中には墓石の目前で群衆に対して自分語りを始める老婆がいたりして閉口するばかりであったが、近代文学マニアとしてはこうした動きが若い人の間にも伝わっているのは喜ばしい限りである。

 

 流行感冒下にあっては各文学館や関連施設の展示も控えめになろうものだが、どうあれ当日には人が増えることは目に見えているので、前日たる18日に散策がてら赴いてみた。案の定、混みようはさほどでもない。しかし一度に入場できるのが3人とあってはあまりあずましくない。ちょうど整理券が尽きていたので、食事を済ませてから再度赴く。

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 予ねて聞き及んでいた川島幸希コレクションはやはりすさまじい。古本の世界に入って4年ばかり経つが、太宰の署名本を手に入れる機会というのはむろん、これまでになかった(よし七夕などで出ていたとて金銭的に購うべくもない)。稀少な太宰の署名本をこれだけ並べて見られる機会というのは、おそらく秀明大学の展示以外にはないのではないか。

 

①『太宰治文学サロン通信 vol.50』太宰治文学サロン)令和3年6月 ロハ

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 ふだんならここに記さないフリーペーパーだが、今回は特別。高田公太による文章も面白いのだが、川島幸希提供による署名本のうち2冊について画像付きで簡単な解説が付されているのは見逃せない。知る限りでは比較的最近入手された2冊だろうと思うので、よい資料である。

 

②『月の輪書林古書目録16 太宰治伝 津嶋家旧蔵写真函解体』月の輪書林)平22年6月30日 1650円

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 帰りに歩いて輪転舎へ。久々だが、やはりよくよく見ると近代関連も面白い本が刺さっている。

 本書は桜桃忌前だからと狙ったわけではなく、単に存在を知らなかった目録だから手に取っただけの話。目玉は399万円の値がつけられた写真一括だが、それ以外に集められたふつうの古本も、太宰のさまざまな側面を表す資料群で、目録として非常に読みごたえがありそうだ。むしろなぜ今まで知らなかったのか不思議なくらいである。

 

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 ついでにヤフオクでの落札品。

 

③藤澤衛彦『明治流行歌史』春陽堂)昭4年1月28日函, 小村雪岱

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 ――――『明治風俗史』春陽堂)昭4年5月5日函, 小村雪岱装 2冊共2380円

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 説明欄には記載がなく、だから比較的穏当な価格での落札となったのだろうが、一目見てこれは雪岱装だなと思った*1。全体の雰囲気が良いうえにワンポイントも効いている。また『流行歌史』は、本冊表紙の月と雲との金色がまだ光沢をとどめていて美しい。

 装丁だけでも価値があろうものだが、紐解いてみると内容もかなり面白く読めることが分かった。とりわけ『流行歌史』はたとえば「魔風恋風の歌」のような、家庭小説がらみの流行についても書かれているので、今後の蒐集に際しても参考になるだろう。

*1:念のため真田幸治氏の手によるリストを参照すると、2冊とも名前を見つけることができた。