紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

池袋へすごすごと、荷風を買う

 池袋三省堂での古本まつりは年に2回開催だったか。ともあれあの吹きっさらしの寒さの中を朝9時とかに並ぶ気力もなく、初日でなければ意味など皆無であろうと思われたが、都心へ出る用事ついでに冷かしのつもりで覗いて来た。

 

高見順『描写のうしろに寝てゐられない』(信正社)昭12年1月12日 1000円

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 やはり真っ先に向かうのはニワトリの棚。単行本などはもう漁りに漁られた後だったろうが、雑誌とか小型本とか、じっくり見ていくのはやはり楽しい。

 と、目に留まったのがこの本。卒然に思い出したのはいつだったかのトークショーでの西村賢太氏だった。「いみじくも高見順が『描写のうしろに寝ていられない』と言ったように――いやあれはそういう意味で言った言葉ではないんですが」云々と、氏が小説を書くうえでどういう思想を持っているかを語る際に引き合いに出したものだった。今までに思い出す事のなかった記憶が引き出されたのも、このタイミングで見つけたのもなにか運命的なものを感じたので買うことにした。ふだんの私が買う相場感からすれば少し高かったか。

 

永井荷風荷風全集 第3巻』春陽堂)大8年12月23日函 550円

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 ふだん古書会館の古書展では専ら黒っぽい本ばかりを漁っているわけだが、こうした規模の大きいデパート展では白っぽい本を見ていくのも勉強になるものだ。したがって従来お世話になっていない書店の棚も訪れることになり、よくよく見るとほんの一角に黒っぽい本がまとまっていたりして油断ならない。

 棚にこの本を見つけた時、ずいぶんきれいすぎるなと思った。復刻はないだろうが誂え函ではないかという懸念があったのだ。が、引き出して見るにそういう雰囲気はなく、しかも初版にあるまじき安価と思えた。

 大正期のこの荷風全集は函付きでもう1冊、第4巻を持っているのみで、調べると全6冊の由。春陽堂版の『荷風全集』としては大正末から昭和ゼロ年代にかけて改版が出されているが、荷風最初の全集であるこの版はあまり見ない印象である。題字が誰の手によるものだったか、聞いたことがあるような気もするのだが忘れてしまった。

 あとから出品店のツイッターを確認すると、この本は初日から棚にあったわけではなく、今日の追加分だという。道理で歴戦の先輩方が見逃すはずないと思っていた。たまにはこういうラッキーがあってもよいだろう。

 

 ほか数点買ったがわざわざここに記すほどのものでもないので、ついでに最近買った荷風本を載せておく。

 

永井荷風『新編ふらんす物語(博文館)大5年10月10日6版カバー, 橋口五葉装 3520円(含送料)

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 ヤフオクで間に合わせの札を入れて置いたら落ちて来てしまった。状態が悪いとはいえ、この本のカバーは重版でもあまりないと思うのだが。

 買うまで知らなかったこととして、表紙の重版表記がある。すべての重版でそうなっているかどうかはわからないし、山田朝一『荷風書誌』でもさすがにそこまでは追いかけていないようだ。またこれも知られたことかはわからないが、カバー及び本冊表4にある博文館の白鳥の印は、初版と重版で微妙にデザインが異なっている。

 

 次回のシュミテンは久々に並んでみようか、と、らしくもない前向きな思い付きが頭に浮かびつつある。