紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

私小説一本釣り

 マドテンである。あまり気合を入れてならぶ感じもしなかったので、9時半ごろゆったりと列に加わる。30人ほどか、最近の傾向からすると少なめの印象であった。

 例によってアキツへ走る。どうもピンとこないが、あまり見ない鶴書房の童話などを抱えつつ右へ左へうろちょろすること数分、卒然、他の人に拾われなかったのが不思議なほどの掘り出し物を発見したのだった。

 

西村賢太編『田中英光私研究 第2輯』平6年4月3日私家版 400円

 ―――――『田中英光私研究 第5輯』平6年11月3日私家版帯 700円

 西村賢太が没してから、いやおそらくはその少し前くらいから、この私家版の薄冊子は古書価がぐんぐん吊り上がっていた。私が蒐集を始めたころは、まだ日本の古本屋にも数千円でいくつか出品が見られたものだったが、近年は1冊あたり1万円を平気で越えてくる有様。先日も揃いがバラでオークションに出されたときは、巻によって5万円まで競り合いが続いたりしていた。全8巻揃いならば20万は覚悟しなくてはならないだろう。

 1冊だけ奇跡的に持っていた私も、そういう時流にあっては端本を拾うことなど今後ゆめゆめ叶うまいと思っていた矢先だったから、黒っぽい本の間に第2輯を見つけた時はほんとうに驚いた。人ごみの間から引き抜くや、次にするべきは他の巻の捜索である。第2輯の周辺には見当たらず、反対側の棚に回ると果たして第5輯を発見することが出来た。周りも黒っぽい本ばかりに目が行って、白っぽい冊子には目もくれなかったのではなかろうか。安すぎる放出に感謝したいところである。

 内容が貴重なことは私が殊更に言うまでもないが、第5輯の吉田時善のインタビューはとりわけ面白かった。英光が『姫むかしよもぎ』を出した赤坂書店の内部事情が語られているのだが、それを活かす編者の西村賢太の知識と手腕が如何なく発揮されている印象である。

 

宇野浩二『心つくし』(地平社)昭22年6月20日 400円

 「手帖文庫」の1冊。コレクターからすれば珍しくないのかもしれないが、始めて見る文庫である。宇野に出すには少し高かったか。

 表紙に落書きっぽい赤が入っているが、これは元々の意匠である。ナンバリングは〈Ⅱ-12〉となっており、そこそこの冊数はでたようだが、全容はよくわからない。ネットで調べた感じだと、同時代の大衆作家を集めたシリーズのような印象は受ける。

 

③『会員名簿』(一高同窓会)昭3年11月1日 800円

 一旦アキツを離れ、ナツメ書店の棚で拾った。一高の名簿など持っていても仕方ないとは思いつつ一応中を確認してみると、巻末索引から五十音順に人物をひけるのが便利そうで買ってしまった。難読漢字からひけるページまで準備されているのが徹底している。

 パッと思いつく芥川をひいてみると、当該箇所の住所欄には「死亡」とあり虚しい。同様に「死亡」の漱石は、「舊職員」と「卒業生」との両方に名前が見られた。

 元々は同窓生に配布されたものなのだろうか、あるいは関係者に小数部配られたのか。いずれにしても文庫大でこの造本では背が割れやすすぎるので、頻繁に参照するとすぐダメになりそうである。尤も、買ったところで使い道などありはしないのだが。

 

④池田小菊『父母としての教室生活(厚生閣書店)昭4年10月15日 2500円

 池田小菊は、志賀直哉筋の作家として一時期買っていたこともあるが、この本は知らなかった。奈良女高師(現在の奈良女子大学)での指導経験をもとに、教育論を語ったもので、序文に〈この書物の内容に、世間の教育者の心に通ふ何物もないとしたなら、私の十ヶ年間の苦労は、無駄骨折りであつたのです。寧ろ、十ヶ年を眠つてゐた方がよかつたのです〉と書いているくらいなので、思い入れのある仕事であったに違いない。

 今日は同じ棚に『帰る日』もあって、これもあまり見かけない割に安かったが2冊はいらないのでスルー。しかし誰か買う人があればよいが、池田小菊など誰も気に留めないだろうなぁとも思う。

 

 他にもいろいろ地味な資料やら何やらを買って15冊11000円。大した本は買っていないが、今日は英光私研究だけでいいくらいだ。それに関連付けるわけではないが、帰りに東京堂で『文学界』西村賢太特集を買い、そのまま調べもののため市川へ。古本を背負っての遠出は骨が折れたことであった。

 

 ところで遅ればせながら、私も国会図書館デジタルコレクションの個人登録が完了した。著作権満了した資料以外にも、自宅からアクセスすることが容易になったのは非常に便利である。雑誌類は抜けが多かったりするけれども、しかしいちいち買ったり現地で閲覧申請をすることを考えれば格段に調べものはしやすくなった。今後は在野研究もどんどん進んでいくことであろう。

 だからというわけではないが、個人的な備忘録も兼ねている以上、今後はデジコレに収録のある本についてはリンクを付しておこうと思う。別に閲覧を期待した記事ではないにしろ、書誌としては少しよくなるかもしれないと勝手に考えている次第である。