紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

猛暑の負け戦

 台風が過ぎ、その影響なのか単に温暖化が進んでいるのかわからないが、本日も予報では35度の猛暑となっていた。ならば近年は長蛇の列が伸びることでおなじみの池袋三省堂の古本まつりも、あるいは「密」ならぬ「疎」が期待できようとゆっくり会場に向かったが、期待は無情に打ち砕かれ、ゆうに200人が列をなしているのだった。

 その時点で負け戦は確定と思っていたが果たしてその通りで、私が目当ての棚に至るころには、目ぼしいところは既に抜き取られたあとらしかった。

 

太宰治新釈諸国噺(生活社)昭23年8月15日5版 1000円

 もちろん一直線に向かうのはニワトリ。先輩に挨拶をした後にいろいろ本を手にとっては見るものの、どうもピンとこない。最近は部屋の置き場所があまりにも逼迫していて、精神的に参ってきてしまっているのもあるかもしれない。

 そんな中で拾い上げたこの本、タイトルじたいは太宰の仙花紙本でも『太宰治随筆集』と並んでよく見かける方だと思う。版ごとに装丁が違うのは最早周知の事実だろうが、この5版は一番見ないような気がしている。背はボロボロだが太宰なら出せる金額である。

 

海野十三『暗号音盤事件』(大都書房)昭17年4月15日5版, 高井貞二装 1500円

 以前にも書いたかもしれないが、日下三蔵編によるちくま文庫の「怪奇探偵小説」シリーズが私にとって探偵小説とのファーストコンタクトで、中でも一番面白く読んだのは海野十三だった。しかし初版本コレクターとしては純文学の方に傾き、海野とて初版本を集めてはいないのだけれども比較的手ごろにイタミ本があったので買ってみる。

 ちょっとネット検索してみると、本書と同じ5版本しかヒットしない。あるいは「初版本」が存在しないタイプの本なのであろうか。

 

久米正雄『和霊』(新潮社)大11年5月18日 500円

 最近ホットな久米正雄である。表題作「和霊」は「にぎたま」と読ませるらしい。

 久米の本は未だによくわからないが、どうも「和霊」は『破船』がらみの続編みたいな位置づけの作品らしく、まあ小説として面白そうかと問われると何とも言えないが、いちおう持っておいてよいだろう。また「病床」にはチャールズ・チャップリンが登場し、スペイン風邪が流行した時分の話であるようだ。こちらは少し気になる。

 

④菊池幽芳『夏子 後篇』春陽堂)奥付欠6版, 坂田耕雪口絵 2500円

 最後まで悩みに悩んだが買ってしまった。外装は元より奥付がなく、版数もなにも分からない状態だが、背表紙下部に「六版」と印字があった。

 口絵はかなりきれいに残っているのが救いで、しかし後篇のみでこの値段は微妙なところ。「2千円なら悩まず買うのに」と先輩に愚痴ったところ、「僕が君の歳のころはそこまでスレてなかったから、ウハウハで買ってたよ」と。確かに正直なところすぐに読むわけでもなし、結句美術品として購うわけだから、買って損はないわけだ。

 むしり取られた奥付と巻末広告のあたりに、同じく幽芳の『乳姉妹』の広告が残存していた。カラー刷りでかなり興味深いのだが、これも巻末の広告であろうか。

 

 まあ収穫はイマイチと嘆いたものの、悪くない本は買えたし、先輩とお茶をしつつ古本話に花を咲かせたのもたいへん楽しかった。やはり古書展にはマメに通うものである。