紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

書誌を拾う

 休みを取らずとも仕事の合間に行けると気づいて久しい古書展初日だが、やはり2週続けてとなると体力的に厳しいものがある。日差しの強い中でならぶのも身に応えたし、特に今日など目の調子が悪く、見開いて棚を見てゆくのが大変に辛かった。

 だからというと言い訳がましいけれども、今日はこれといった掘り出し物が得られなかったように思う。そもフソウさんも物量をかなり減らし、小耳に挿んだところでは従来70本用意していたのを40本ほどにまで縮小したとか。今後はこのくらいでいくとのことで、ろくでなしの客としてもやはり淋しさは大きい。

 

夏目漱石吾輩は猫である(大倉書店)明43年2月10日18版, 橋口五葉装 2500円

 初っ端、『猫』が3冊見えた。上編が2冊に中編が1冊だったが、揃いでもなし、ぜんぶ掴むのはさすがに躊躇われた。一瞬の迷いののち手に取ったのは、上編のうち比較的状態の良い方。3セットちょい持っている猫のなかでも、実は上編は背とか表紙が欠けているものばかりで、ようやくまともに本のかたちをした1冊を得られた恰好である。

 ところで、18版というのは元版の中でもかなり版を重ねた数字である。最新版『漱石全集』の書誌でもこれ以降の版は収録されていない。書誌によると、このあと同じ大倉書店から出される縮刷版の初版が明治44年7月2日発行なので、間にもう少しあってもよさそうなものだが、どうだろうか。

 

島田清次郎『地上 第1部』(新潮社)大8年8月8日3版 1000円

 以前も書いたように、『地上』はあと第1部の初版を入手すれば初版で揃うことになる。別段初版だからどうということもないのだけれども、どうせならという心境である。

 だから所詮重版のこれを買ったところでコレクションの進展はないのだが、第2部が出される前の版ゆえ、奥付には第4部までの見通しが記されている。参考までに。

 

③瀬沼壽雄編『水守亀之助 書誌と作品』(京王書林)平11年1月12日 1000円

 ―――――『十一谷義三郎 書誌と作品』(京王書林)平11年9月1日限300部 1000円

 ―――――『片岡鉄平 書誌と作品』(京王書林)平12年11月1日限350部 1000円

 瀬沼編による書誌シリーズは存在は知っていたけれども、どこで見かけても小高いのと渋めの作家ゆえ急ぎ入手しようと思わなかったのとで、いずれも未所持であった。1000円というのも激安ではないが、思い立った時にまとめて買っておく。同編者による川崎長太郎書誌もいつかは手に取ってみたいところ。

 いったいに、読むために本を買っていない私のような不届き者にとってみれば、書誌が最も確実に必要で、間違いなく役立つ本であるといってよい。その書誌とて、必要に迫られなくては紐解くことがないくらい、不勉強な遊民なのだから呆れるばかりである。

 

④『扶桑書房古書目録 近代詩特集号』(扶桑書房)平22年9月7日 2000円

 フソウさんの写真版目録もずいぶん揃ってきた。5回に及ぶ一人展も師走展も、記番入りで100部限定発行された夏季号目録も3部とも蒐め、今回この近代詩特集を入手したことで一段落といったところか。

 正直詩集はよほどのビッグタイトルでない限りは蒐集範囲外である。本目録に収録された詩人の1割も知らないのではないか。しかし〈詩史の隙間を埋める様にした〉と序文にある通り、見事な資料であることは確かだろう。今日の一番嬉しい収穫は、おそらくこれ。

 

⑤高橋五郎『ゲーテ感想録』(日進堂)大2年11月1日佐々木味津三旧蔵 2000円

 こういうのも面白くて買ってしまう。書き込みはそんなに多くないのだが、興味深いのは読んだ時期。軽くネットで調べただけだが、こちらのサイトによると味津三は大正3年に神経衰弱を患っており、本書にはまさにその年の日付が書き込まれているのである。またこれを入手したのはどうも温泉地らしく、湯治に訪れた先で自らを慰めるべく手に取った本だとすれば、そのころの味津三の心境に思いを馳せる上では貴重な資料であろう。

 ちなみに味津三の旧蔵資料は、明治大学史資料センターに寄贈されたとのことである*1

 

 寝不足で頭が働かないといまいちエンジョイし切れない部分も多いが、それでも先輩方とお話をしながら、濃密な棚を堪能したことであった。やはり古本は楽しい。