紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

人が戻ったすずらん通り

 お祭りの2日目である。朝、昨日と同じくらいの9時20分にS林堂へ行ってみると、やはりワゴン前は占拠されていた。さすがの人気店であるが、今日の棚に私の好むような黒っぽい純文学は見られない。ご主人にも「今日は稀覯本はないよ」と言われたので、それならばとブックフェスティバルの方へ赴く。

 各出版社が慌ただしく準備を進めている中を闊歩し、本を並べている邪魔をしないようにラインナップを伺っていった。半額以下の破格もあったり、2割引きという少々苦しいところもあったりで、こちとら古書展の棚に慣れているから、開始時にどこに張り付くかという見極めは得意である。とはいえ事前に欲しいと思っているタイトルがあったわけではなかったので、廻るべきブースは少ない。結局、まずは勉誠出版、それから幻戯書房へ……。

 

①鈴木俊幸『書籍文化史料論』勉誠出版)令元5月30日初版カバー帯 3300円

 期待はしていなかったが、欲しかった本である。参照したい内容であることは目次から明らかであったが、言うまでもなく鈴木先生は近世がメインで、私の蒐集対象はせいぜい明治20年代末からだから、定価の1万円をだしてまで買えるような本ではなかった。さらに言うと、こういう高価な本はそもそも市場に流通していないのでマケプレとかメルカリにも期待できない。出版社の方には申し訳ないが、こういう本こそブックフェスタで狙い目ということになるわけである。

 鈴木先生の本はいろいろ持っていて、『書籍流通史料論序説』も欲しいのだが、あれも高くて購えていない。

 

辻本雄一監修/河野龍也編著『佐藤春夫読本』勉誠出版)平27年10月31日初版カバー帯, 宗利淳一装 1500円

 これも出た当時から気になっていたが、3千円と小高いので優先度が低かった。まあこの値段なら参考までに架蔵しておいてよいだろう。太宰の書簡がカラー掲載されたことで話題になったけれども、見た目の割に(?)本格的で軽く読み流せるような内容・分量ではない。個人的には、春夫作品の文学的な掘り下げよりも、同時代作家との関わりの方に興味を惹かれる。

 

③『橘外男墓碑銘』幻戯書房)令3年10月10日非売品 1500円

 善渡爾宗衛・杉山淳編『荷風を盗んだ男 「猪場毅」という波紋』幻戯書房)令2年1月6日第1刷カバー帯, タダジュン装画 緒方修一装丁 2250円

 泉斜汀『百本杭の首無死体』幻戯書房)令元年8月17日第1刷カバー帯, 真田幸治装丁 小村雪岱装画 2250円

 勉誠を抜け出して、幻戯書房へ。手早く目当ての本を掴み取る。橘のはイベントか書籍の予約購入でしか入手できないもの。猪場と斜汀のは、買わなくてはいけないと思いつつも定価にひるんでいたが、今回半額ということでうれしく購入した。購入直後に先輩が顔を出して「あっ、『百本杭』とられたか」とおっしゃっていた。ものによって補充分があったりなかったりするのも、こうしたお祭りの醍醐味である。

 

 それから工作舎の紙型を買って、皓星社まで足を伸ばしフリーペーパーをもらいつつ古本を数冊購い、最後に盛林堂を冷やかす。

 

深谷考『車谷長吉を読む』青弓社)平26年12月18日第1刷カバー, 斎藤よしのぶ装 500円

 まあ500円というのもややシブいが、目次を見ると西村賢太にも言及があるようだし、そもそも私小説は割と好きなので買ってみる。で、帰りの電車でちょっと読んでみるとこれがなかなか面白い。私は長吉の良い読者ではないので取り上げられている作品についてはぜんぜん知らなかったりするのだけれども、いろんな話題が盛り込まれていて読者を飽きさせない。おカタい文学研究として見れば足りない部分もあるのかもしれないが、知的な楽しさをもたらすというのも「~を読む」系のタイトルには、求められてしかるべき要素であろう。

 

 しかしものすごい混雑である。すずらん通りはごった返しているし、S林堂も人がぜんぜん減る様子がない。でもこれくらい盛況でなくては面白くないのも事実。人混みは嫌いだが、界隈が盛り上がるのならば喜んで歓迎したいものだ。