紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

安く漁る

 今年最後のシュミテンである。9時20分くらいに到着し、先輩方としばし閑談。心持ち人数は少ないかと思ったが、10時直前になってどんどん伸びたから全部で50人から60人くらいがならんでいたろうか。残念ながら検温して荷物を預け次第の入場となっていたので順番の恩恵がモロにでてしまったが、そもそもフソウさんの棚が少ないこともあって、掘り出してゆく楽しみは十分に味わうことができた。

 

谷崎潤一郎『羹』春陽堂)大2年1月20日3版, 橋口五葉扉絵 2500円

 初っ端、といっても前方の面々がすでに一巡は漁ったであろう棚からの1冊目。後版となる文庫大の版は裸で持っていたけれども、やはり『羹』と言えば五葉の扉絵が欲しいところであった。函付で何万とかいうのを購うほど入れ込むつもりもないので、安価で嬉しい買い物である。

 

幸田露伴『勇魚捕 前編』(青木嵩山堂)明30年3月21日3版, 小堀鞆音木版口絵

 ――――『勇魚捕 後編』(同)明30年3月21日3版, 小堀鞆音木版口絵 揃1500円

 読みは「いさなとり」。前後編木版口絵付の揃いで、落款には「鞆音」とあり小堀鞆音の絵だとわかる。表紙もそうだが、特に口絵などはほとんど蛍光色といえるほど鮮やかな色が残っていてよい。元版で露伴を読むことはないだろうが、こうした書物の面白さが味わえるから古本は楽しいのだ。

 

志賀重昂『日本風景論』(政教社)明29年6月25日6版, 樋畑雪湖表紙絵 2000円

 ――――『日本風景論』(同)明31年3月10日9版, 樋畑雪湖表紙絵 2000円

 版によって見事に毎回表紙を変えていることでおなじみの『日本風景論』、ちょうど持っていない版が2冊あったので確保した。激安とまではいわないが、このくらいの値段であれば買い集めやすくて助かる。

 本書については猪瀬直樹氏の修論をもとにした『ミカドの肖像』にくわしく、全15半分が写真で掲載されている。私の手元にあるのは今回購入分を合わせて4冊。まだ全然といったところだが、無理せず手の届く範囲で集めてゆきたい本である。

 

④扶桑書房古書目録一括 3000円

 ここ数回、フソウさんは過去の目録のおそらくデッドストックをも棚に並べている。今回も一人展の4-5回目と師走展の分が800円とかで複数冊ずつあってお買い得であったが、せどり心は出さずに普通版の目録を頂戴する。30冊一括の袋だったが、家に帰って開けて見ると平成17年から平成25年までのものがほぼ揃っているかっこうであった。

 場にいらしたご主人に「コレ、いただきますね」と言うと「今のほど面白くないけどね」と笑っていたけれども、そんなことはまったくない。テキスト版がベースながら、1-2ページ写真版がある号も少なくないし、それらはもれなくかなりの稀本である。一昔前の値段に思いを馳せるのも楽しく、勉強になることこの上ない資料だった。

 

⑤木下尚江『良人の自白』平民社)明37年12月20日 300円

 安かったので手に取ってみたのだが、巻末には「前篇終」とある。表紙とか扉には一切その旨記載がなく、続刊の広告も見られない。そこで国会の所蔵を見てみると、「上編」は平民社でなく金尾文淵堂発行の11版であった。奥付にある初版発行日は今回買った平民社版と一致しており、「中編」は同様に重版ながら「下編」は金尾文淵堂版が「初版」であるようなので、おそらく「中編」までを平民社から出した後になんらかの理由で途絶し、版元を変えて刷り直しすことで簡潔に至ったものではないか。同作は毎日新聞に連載の時点で発禁を喰らっているようで、そのあたりも関係しているのかもしれない。このあたりはもっと勉強したいところである。

 

 カゴ一杯に買ったが会計は2万。安い本ばかりを拾ったかっこうであるが、充実感のある漁書であった。とはいえフソウさんの棚に本が少なくなりゆくのは、やはり淋しい。

 そのあとは東京堂筒井康隆の署名本を拾い、紀伊国屋新宿本店で国書刊行会の50周年記念冊子を頂いて帰る。