紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

蹴球明けの寒空

 4年に一度のスポーツの祭典で日本中が湧きたっている中、いっさい興味のない私は先だって復刻されたばかりの漫画を読みふけっていた。

 それはそれとして、さすがに12月ともなると寒く、古書会館前の吹きっさらしで棒立ちして耐えるだけの体力もないので、マックで時間を潰して9時半すぎに列へ加わる。今日はそういう時節柄もあってか少なめな印象であった。

 

加藤武雄『夜曲』(新潮社)大14年12月3日, 蕗谷虹児装 900円

 どうも眼が棚を滑ってしまい、思うように本を掴めなかった。しかし毎度そんなことを嘆いているような気もする。本書は、加藤武雄に興味があるというよりも、この時期の新潮社の本が気になるだけの話である。いちいち載せはしないが、巻末の刊行リストがけっこう興味深い。

 装丁は蕗谷虹児で、表紙もよいけれども、扉の次のページにザクロと思しき意匠がぽつんと印刷されているのがなにか印象的である。

 

②カミ/三谷正太訳『名探偵オルメス』(芸術社)昭31年7月30日帯函, 伊藤好一郎装 300円

 ホームズのパスティーシュとして有名なオルメスの、まあ後版だがいちおう完本でこの値段なら買っておいてよいだろう。欲を言えば元版のデザインが好きなのだけれども、ド真ん中ではないからこれで十分。

 月報として『みすてりー・クラブ』なる冊子が挟まっていた。荒正人漱石の『猫』における探偵要素を説いていて、視点としてちょっと面白い。「趣味の遺伝」なんかは探偵小説っぽさを持っている*1し、初期は創作についてそうした心持があったのかもしれない。

 

北條民雄いのちの初夜創元社)昭13年2月28日第19版, 青山二郎装 300円

 蝙蝠の棚はよくよく見ると安い掘り出し物があったりするので、一番に向かうとはいかなくても、アキツが一段落したあたりで覗くと吉である。もっとも、今日は何か傾向がふだんと違ったようだ。

 北條のこれは好きな本で、重版もかなりある割にあまり見かけない。裸なら300円とかそこらなので買うようにはしているけれども、帯付きは1冊しか持っていない。今回のこれは、背がヤケやすい割に頑張っている方だと思う。

 

④『朝日スライド・近代文学大観 樋口一葉(朝日スライド株式会社)昭36年6月25日函解説書付 300円

 今日一番の収穫ではないか。

 ずいぶん以前、シュミテンで「日本文学スライド大系」というのを見かけていて、いつか手に入れたいと思っていたのだが、おそらくは公的機関向けの企画であろうし、そもそも個人が持っていても何にもならないわけだから、その後全く見かける機会はなかったのだった。して今回、これを手に取って念願果たせり、と思うもよくよく見たら別のシリーズと判明した次第である。

 「スライド大系」がどうだったかは覚えていない(そもそも1冊しか実見したことがない)が、本書は18枚のスライドに解説書が付されている。各スライドごとの解説が1ページずつあり、紙芝居みたいな感じで文豪の生涯を説明していけるようになっている。はしがきを読むと、一葉の妹くにの息子である樋口悦が資料提供その他で協力しているらしく、けっこうちゃんと作っているのだなという印象。なお、「文学大観」は全八編しか出ておらず、幅の広さで言えば「スライド大系」の方に軍配が上がってしまう。

 

 昼頃には暖かくなりつつあったが、電車の中も暑くてやりきれない。朝方の自転車さえ乗り切ればあとはジャンパーなしでいたほうがよほど快適という、実に調整のむつかしい気候であった。しかし神保町も年内は最後だろうか。今年もかなり買ってしまった。

*1:現に竹本健治変格ミステリ傑作選【戦前篇】』に収録されている。