紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

思いがけず探求書を

 マドテンに朝から並ぶのは実に久々である。特選を抜きにすると半年以上の無沙汰ではないか。とはいえ、池袋でも随分買ったことだし、焦らず悠然たる足取りで9時40分すぎに列に加わる。ギリギリ最下層の最後尾からのスタート。

 まずはいつものとおりにアキツへ直行するも、どうもしっくりこない。すでに持っている沖野の本を試しに掴み取ってはみるが、これは、というものが見当たらない。

 こういうときはあきらめも肝心だと踵を返し、蝙蝠へ進路をとったのだがこれが正解で、数は少ないもののお買い得な木箱から探求書をずいぶんと拾うことができた*1

 

志賀直哉『或る朝』春陽堂)大10年6月20日再版函 800円

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 新興文芸叢書の1冊である『或る朝』の初版は、収録された短編「濁つた頭」で発禁処分を受けており、本書はそれを受けて当該策を削除した改訂版、の再版である。のちに四六判でも同題の単行本が出ているが、そちらはあんまり食指が伸びない。

 この本じたい裸で持っていたはずだし、初版ではないけれども函付でこの値段ならお買い得だろう。本冊も函も悪くない状態である。

 あと志賀で欲しいのは『留女』の函付と、『夜の光』の版違いくらいか。署名入りでも限定本の類はそこまで面白くないし、このあたりが志賀本収集の天井なのかもしれない。

 

夏目漱石『坊ちゃん』春陽堂)大5年9月25日15版 500円

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 坊っちゃん関連として、ぜひとも持っておきたい版であった。初版まで探求するつもりはないが、重版でもなかなか見かけず、同シリーズで転がっている本もだいたい状態はイマイチだから、背もまずまずの個体が手に入るのは嬉しい。

 漱石のこの一連の縮刷版(?)がのちに「ヴェストポケット傑作叢書」に引き継がれていくようだ*2けれど、表紙が単なる緑でなく金をまぶしてあるのは知らなかった(表紙の色付部分右上に残存)。

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そもそもが天金の本であることだし、刊行時はもっと絢爛な本だったのかもしれない。

 

③尾崎放哉/萩原井泉水輯『俳句集 大空』(春秋社)大15年6月23日再版函 800円

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 背表紙を見て、「おっ」と声が漏れた。好きな作家の、ずっと欲しいと思っていた本である。再版だが、むしろ元版の証である。

 尾崎放哉と言えば自由律俳句の代表選手で、「咳をしても一人」などの句で知られているが、本書は唯一の句集ながら死後に刊行されたもの。つまり、生前は市井に業績が伝わっていなかったのであろう。

 今日場に居合わせた先輩に「これ、欲しかったんですよ」というと「競争率低そうだね、いやそんなことないのかな」とおっしゃっていたが、実際どうなのだろう。山頭火と放哉はまだ俳句の中でも読まれている方だと思うのだが。

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 本書、俳句も実に素晴らしくて、ついつい読み耽ってしまうのだが、井泉水の後記を読んでいるとちょっとした発見があった。ここでの公表は避けるが無暗に探求書が増えてしまった格好で、こういう出会いこそ古本蒐集の妙味であろう。

 

④楠山正雄訳『イソップ物語冨山房)大14年9月10日13版函, 岡本帰一・名取春仙挿絵 800円

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 何の気なしに買った本だが、これは以前『西遊記』で買った*3のと同じく冨山房の「模範家庭文庫」の1冊だと後から気づいた。児童書にしては函もしっかりしているし、本冊の装飾もよく、高値がついても納得な叢書だと思う。

 これとて13版まで版数を重ねているし、大正末期にこんな豪華本を購えるのは比較的余裕のある家庭なのかもしれないが、人気はあったのだろう。挿絵には2色刷のものも散見され、これも味わい深い。

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 驚くことに、以上の4点はいずれも蝙蝠の棚から。今日の立ち回りは及第点と言ってよいだろう。

 

伊藤整『馬喰の果』(新潮社)昭12年6月1日, 島崎鶏二装 500円

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 なんとなく集めている新潮社の新選純文学叢書の1冊である。珍しいタイトルでもないしイタミもかなりあるが、とりあえずで買える値段。

 それにしてもこの叢書、帯付になかなか巡り合えない。龍生書林主人の大場啓志『芥川賞受賞本書誌』を参照するまでもなく、このシリーズは全部帯がついて完本と見なすのが自然なわけだが、架蔵の帯はまだ2枚だし、他に買う機会はなかった。人気のタイトル『風立ちぬ』『虚構の彷徨』を除いては地味な作家の地味なタイトルゆえに珍重されず、目録等の情報が耳に入ってこないのかもしれないが、ともあれ稀な印象である。

 

⑥岩井允子『波のお馬』(叢文堂)昭2年1月20日函, 初山滋装 1800円

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 あきつの棚に刺さっていて「あっ!」と声をあげた1冊。あまり見かけない本だと思うのだが、半年前に池袋でこの3-4倍くらいの値段で購入している。まあ確かに、前回のは題箋も綺麗に残っていたから、高いのも道理と納得しての買い物だったのだが、それにしても今度のは安いと思い、悔しさから買ってしまった。

 岩井允子については旧稿を参照されたい。しかし、巻末に記載されている続刊『ひよこの卵』『わんわんの木』については、どうも刊行されていないようで残念である。著者近影も少し大きくなった女の子となっていて、字は自分で書けるようになっているらしい。どこまでが允子の実作か(両親他、大人の手が入っているか)は不明だが、記されたことがすべて事実とすれば、放任的な家庭教育の成果と言ってよいだろう。

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 允子の情報はネットにも少ない。しかし調べていると上笙一郎「幼児のうたった本――岩井允子の2冊の童謡集」という文が1990年の古通に載っているらしいと分かった。ぜひとも参照しなければなるまい*4

 

 心持としては大収穫を得たわけで、それでも尚、会計は8千円台。楽しみの割には実に手頃な趣味ではないか。

 

* * * *

 

 その後、国立近現代建築資料館*5で見たい展示があったので上野方面まで歩いたのだが、卒然に買っておきたい新刊を思い出したので神保町まで取って返してきた。東京堂はキャッシュレスで5%還元を実施しているのが良い。

 

⑦『定本 漱石全集 27巻 別冊下』岩波書店)令2年1月29日初函帯 6160円

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 現行の全集を買うことなど一生ないだろうと思っていたが、これだけは買っておきたかった。何がと問われれば、もちろん書誌のためである。

 そもそも、清水康次氏の手による旧版全集の書誌も非常に評判がよく、近代の古本蒐集をする上では参照しないわけにはゆかない出来と認識していた。それを古本で入手することもできるにはできたが、どうせなら新刊がいいと刊行を待ち望んでいたのである。

 書誌など余程の誤りでなければ改訂されなさそうなものだが、近年川島幸希氏や真田幸治氏の論考によって新たに記述された資料も数点ある。それぞれには「古通の〇号に詳しい」などと註が付されていて参照するに親切だ。

 本書誌は重版もずいぶんと追いかけていて、版によって印刷所や価格が変遷する様を、編者の実見した範囲ながら表に並べているのが実によい(だからこそ補訂が光るのだ)。これに自分の持っている重版で穴あき部分を書き足していけば、より詳らかなマイ書誌が出来上がるというわけである。

 また補遺として、先日川島氏が発見した「文学志望者の為めに」も収録されている。その向きのマニアは既に新潮選書を購入しているから今更ではあるが、月報の祖父江慎「猫と金属活字」も面白いし、ともあれ持っていて損のない1冊であろう。

 

 毎月毎月、いちおう古本予算を決めているにもかかわらず、「今月はシュミテンだから」「マドテンだけでなく池袋もあるから」などと御託を並べては特別予算を申請する日々である。どうにか生活が成り立っているのは不可思議というほかない。

*1:蝙蝠堂はときたま投げ売りセールの様相を呈するのだが、それでなくても面陳以外の本は300-800円という価格設定なので、ヒットすればお買い得な疑似均一台となっているのである。逆に言うと面陳で並んでいる本たちは、相場を鑑みれば少しくお手軽なのかもしれないが、大物過ぎて手に取る気にもならぬモノばかりだ。

*2:というか、ごく最近まで本書がヴェストポケットの余韻みたような、叢書の名前が消えて版型が引き継がれたものと思っていたのだが、実際は逆らしい。

*3:S林堂の均一で拾ったもの。この日は西遊記関連の古いところが、外装欠とはいっても100円で売りに出されているのが嬉しかった。

*4:先に買った方の本は、どうやら上笙一郎旧蔵らしいと聞いた。もし論考の中で書影が紹介されていたら、そのものかもしれないという期待を抱いている。

*5:入場フリーであるのみならず、カラー印刷でしっかりした造りの図録まで無料で配布されている施設である。現在の展示は、ちょうど金沢に記念建築感がオープンしたばかりの谷口吉郎。今回も素晴らしい展覧会であった。

遅刻の池袋

 池袋三省堂の古本まつりは、初版本蒐集を始めたころから行くようにしている催事のひとつで、行くたびになにかしら面白いものを拾えている印象である。それというのも、普段の店頭に近代の本を並べている印象のないニワトリが、やたらに近代のいい本を、それもところによっては非常にお買い得価格で出しているからだ。

 しかしどうも馴染みの浅いロケーション。乗り換えに不慣れなこともあって、やや遅刻して9時40分に列へ加わる。すでに30人以上が並んでいるから負け戦か、と思いきや、ニワトリに詰め掛ける人数はシュミテンのフソウほどでなかった。

 

小杉天外『魔風恋風 前編』春陽堂)明40年5月10日17版, 梶田半古石版口絵 1000円

 ――――『魔風恋風 中編』春陽堂)明37年1月1日初版, 鏑木清方木版口絵 3000円

 ――――『魔風恋風 後編』春陽堂)明37年5月15日初版, 中沢弘光石版口絵 1000円

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 人混みの中、どうもうまく手が伸ばせない。通路が狭いため、左右に移動して棚を俯瞰することも叶わず、一切の収穫がなく手ブラのまま悔しい数秒を過ごした末、ようやく掴んだ3冊である。

 もちろんカバーなど望むべくもないが、全冊揃いで口絵もすべて残っているのならお買い得であろう。しかし、それでも今は好んで購う人などいないのだろうか。

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 『魔風恋風』というと、「デードン色の自転車」とかいう一文があることを知っていたが、これは1880年創業のDayton社の自転車に由来する呼称で、色としては深紅らしい*1 

 このうち、中編の巻末を見ると、「魔風恋風前編評判記」というのがあった。

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過去に『渦巻』『葉末集』の重版巻末で評判記を確認しているが、それと同様の文集である。なお、後編にも「前編評判記」として同じ内容が収録されていた。

具体的に言えば、「読売新聞」をして再版せしめた程であった。日刊の新聞を再刊せしめた呼物は希有の事で、露伴にも、紅葉にも、逍遥にも、鴎外にも、嘗て無い図である。(秋田魁新聞、落阿彌「魔風恋風前篇所感」)

とかく当時の読者から大変な評判を博したさまが、各社の評にありありと見て取れるのだが、連載の新聞が再刊されたという具体的な証言は貴重な気がする。

 ちょうど岩波文庫で復刊されることであるし、これを機にきちんと読んでおこうか。

 

三木露風象徴詩集』(アルス)大11年5月20日函, 恩地孝四郎装 1000円

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 これはクヨウの棚から。クヨウはマップに「詩集・井伏鱒二初版本」と書いてある通り、井伏の初版本がそこそこ並んでいて、他にも志賀の署名入り限定本(『革文函』だったか)5千円とか、ちょっと食指の伸びるような本が安めで並んでいた。これとて普通なら裸の値段だと思う。

 購入動機として安いことはもちろん大きいのだが、それより興味を惹かれたのは以下の紙片だ。

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 フソウさんの値札(タスキ)である。今とたたずまいが違うからそれなりに昔のものではないかと思われるが、それにしても9800円というのは意外な高値である。今のフソウの水準を考えるとこの本などタスキをかけるようなものでもないし、価格とてどんなに高くても4-5千円といったところではないか(というかシュミテンで5千円では誰も買わないかもしれない)。

 不肖私も、去年のシュミテンにおいて重版裸800円を購入しており、まあ後から考えれば別に急いで買う値段でもなかったわけだが、今回のこの初版函付は悔しさもあって買ってしまったというわけである。

 

長田幹彦祇園夜話 上巻』春陽堂)大14年8月25日再版, 竹久夢二装 3000円

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 今日は会場にいらした先輩とあれこれ言いながらの漁書を楽しんだのだが、その先輩からお譲りいただいた1冊。ちょっと大物なれどオススメ頂いたので、せっかくということもあるし夢二装もよいし、と。

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 あまり書誌的に詳しく知らなかったのだが、幹彦の『祇園夜話』は千章館版(大正4年、雪岱装)と新潮社版(大正7年、夢二装)とがあり、この版はその更に後版となる分冊版らしい。

 しかし今後下巻を単体で手に入れることがあるかというと、相当厳しそうな気がする。表紙もほとんど外れかけているので、できる範囲での修復を試みたいところだ。

 

④菊池幽芳『縮刷 乳姉妹春陽堂)大3年11月18日函, 鏑木清方口絵 5000円

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 これも先輩から「買っとかない?」とパスが回ってきた分。安い買い物ではないが、このテの縮刷函付はそうそう見かけるものでもなかろうと、思い切って買ってみた。デパート展はクレジットカードが使えて嬉しいような辛いような感情が交錯する。

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 幽芳の作品としては『己が罪』に次いで有名といったところか。縮刷版とはいっても、清方の口絵が石版2葉と木版1葉と付されているのがよい。というか、それがなくてはこんな値段は出せなかった。読むにはもったいない版だが、作品として岩波文庫にもなっていないようで困る。

 

⑤『BRUTUS』1巻2号(平凡出版)昭55年8月1日 500円

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 クヨウの棚の下を覗くと、大衆雑誌の初期の号が積んであった。『美しい暮しの手帖*2』も気になるところだったが、創刊号がなかったのでやめとし、代わりにこのBRUTUS。これも創刊号がなく残念だったが、参考までに2号を買っておく。

 新しめの雑誌に500円というのは安くないけれども、特集が中々面白い。「親爺たちの時代」というコンセプトが渋くて既によく、図版多数でモボ・モガの楽しみを紹介する「銀座物語」とか、ズラリ表紙を並べた「男たちを虜にした新青年」とか、眺めるだけで勉強になる。

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渡辺温の短篇「嘘」まで収録してしまっているあたり、編集者の熱意が感じられよう。あるいは、往時こうしたコンテンツが広く受け入れられていたのだろうか。この時代を知らぬ私にとっては広告含めよい資料である。

 

 今日の収穫如何によっては金曜のマドテンを諦めるつもりでいたが、むしろ興が乗る結果となってしまった。金額的には2万円ちょうど使っているので、神保町へ赴いても1万円が限度といったところだけれども、いちおう覗きに行こうと思っている。

*1:参考:デードン色 - 漁書日誌 3.0

*2:22号から「美しい」がとれ、「暮しの手帖」となる。

明けて新年の収穫

 図らずも久々の更新となった。

 忙しい日々の中で、むろん古本だけは辛うじて買い繋いでいるものの、先月のマドテンも銀座松屋も欠席し、まだまだ古本者としては尻が青いことを露呈させるばかりの年末年始であった。

 で、神保町それじたいは久々でもないが、シュミテンに並ぶことでようよう新年の気合を入れなおした格好である。

 

夏目漱石『鶉籠』春陽堂)明40年1月1日初, 橋口五葉装 3000円

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 すでにフソウの目録で比較的綺麗な初版(カバー欠なれど誂帙入り)を入手していたので大きな感動こそないが、初版ならば見逃せない。ふつうこの値段ならちょっと傷んだ重版裸の値段であろうし、坊っちゃんコレクターの私としては買わざるを得ない1冊であった。

 正直言って近代文学の「初版本」として欲しい本などこのタイトルくらいなものなのだが、なかなか元カバー付にたどり着けない。なお初版と重版とでは、カバー模様の色味が違うとかいう話である。

 

横光利一『機械』白水社)昭6年4月10日1刷函, 佐野繁次郎装 1500円

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 今さらながら、そういえば持っていない本であった。しかし状態がまずまず良い割に安すぎる。

 私自身、横光との相性は悪い方だと思っていて、表題作の「機械」も数度の挫折を重ねたのちにようやく読了したほどである。その他短篇はいくらか読んだとはいえ、いい読者を名乗ることなどゆめゆめできない。

 横光本であと欲しいのは『愛の挨拶』と『高架線』くらいだろうか。いずれも装丁目当てである。前者については、以前フソウさんがシュミテン目録に3千円くらいでだしていて、なおも注文者がおらず会場の棚に面陳されていたことがあったが、その時は他に欲しい本が多すぎて諦めてしまった。

 

③川上眉山『奥様』(博文館)明30年6月21日, 武内桂舟装 2500円

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 先輩からパスしていただいた分。明治期の口絵付の本となるとなんとなく欲しくなってしまう。背欠で印有でも口絵付がこの値段というのはフソウならではの現象であろう。装丁が誰かは明記されていなかったが、口絵のサインから桂舟のものとわかる。

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 ところでこの本、表3に次のような票が張り付けてあった。

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 「博文館創業 第十二周年 記念発売」と読めるが、この切手みたような紙切れが如何にして発行されたのか、何故ここに貼り付けてあるのか、なにひとつわからないのが情けない限りである。発売時からこんなところに貼っておく意味などないと思うが……。

 

④紅葉山人閲『二千円』駸々堂)明32年6月1日再版 1500円

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 これも先輩から頂いた分。タスキには著者として「谷玉葉」とあり、私もその先輩も知らない人物であったが、厳密に言うと谷玉葉は冒頭の1篇(表題作)の著者に過ぎない。ほかには天外「狂菩薩」と北田うすらひ*1「白水瓜」、田中ゆふ風*2「女教師」が収録されており、天外の作以外は「尾崎紅葉閲」と記されている。

 日本の古本屋などの相場を見ても無意味なことこの上ないけれども、それなりに珍らかなる本のようだ。木版口絵の作者も不明だし、今後の調査が待たれる。

 

⑤柳川春葉『生さぬなか 上巻』(金尾文淵堂)大2年2月25日, 杉浦非水装 鰭崎英朋口絵 3000円

 ――――『同 中巻』(金尾文淵堂)大2年3月25日再版函, 非水装 英朋口絵 4000円

 ――――『同 下巻』(金尾文淵堂)大2年5月1日函, 非水装 英朋口絵 4500円

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 フソウの棚に押しかけて一番に掴み取った本。本来は「続巻」までで揃いなのだが、3冊並べてあったところを見るにハナから3冊しかない口だったのだろう。上と中の状態はあまりよくないが、下巻はまずまず。

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 このタイトルはすでに裸の合本を持っていて、それにもいちおう木版口絵が2葉ついている。けれども上中下にはそれぞれ2葉、続巻も合わせると合計で8葉の口絵が付いてくるわけで、どうにか元版が欲しかったのである。

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 非水の装丁もたいへん好みだし、いつかは上巻の函と続巻の函付きを、と思うのだが、当分は進展の見込みがないだろう。ましてこの価格帯でとなると、やはりフソウさんを頼る以外に方策が思い当たらない。

 

井伏鱒二『集金旅行』新潮文庫)昭32年12月5日3刷元パラ帯カバー, 福田豊四郎装 2000円

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 フソウの棚より、おそらく目録掲載品だと思う。最後の最後まで逡巡のうえ、結局購入することとした。

 新潮文庫で献呈署名というのは面白いと思ったのもひとつだが、いまひとつの理由は、おそらくこれが厚着本であろうと予測したということである。

 以前厚着本に関するエントリーでも書いたように、私は背表紙を見れば新潮文庫の厚着本を判別することができる。開いてみるとカバーが残るのみで元パラ帯のないこともあるが、時期的にはおおむね特定することができるということだ。

 その判断で、本書も厚着本であろうと直感したものの、糊付けされたパラフィンをまさか会場で剥がすわけにもゆかず、帰ってきて元パラ帯が出てきたのに胸をなでおろした次第である。

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 なお、当該献呈先は不詳なるも、同じ宛先の本をもう1冊所持している。

 

 今日は心境的に「今買うしかない」という感が強く、財布のひもを緩めにして会場を回った。殊シュミテンについて言えば、回数を重ねるごとに着々と支出額が大きくなっている。貧すれども窮すれども、本を買わずには精神が持たない、悲しき下等遊民の性である。

*1:北田薄氷。尾崎門下の閨秀作家で、日本画家・梶田半古の妻とのこと。

*2:田中夕風。こちらも尾崎門下の女性だが、作家としてよりも文学者としての一面が強いようだ。

冷たい雨を歩いて

 シュミテン。しかし折悪しく雨であった。またようよう訪れた寒気が本格化しだしたところでもあり、寒いことこの上ない。

 コーヒーを飲んで暖をとったのち9時半ジャストに到着すると、すでに列は開館の中に引き込まれていた。だからというわけでもないが、ふだんより人混みが落ち着いて見えるのもまた、雨のせいであろうか。

 

 フソウの棚はいつもよりタスキがけのものが多いような印象で、小耳にはさんだところでは、今回は本の用意が少なく、補充もないとのことであった。あまり公言することではないかもしれないが、フソウさんはいつまでこのペースでお仕事を続けられるのであろうか。若きコレクターとしては伝説の「一人展」に参加できなかったことを悔やむばかりであるけれども、フソウさんなくしてこの水準の収集は続けられそうにないと思うのが正直な感想である。

 今回の内容としては、これという大物も発見できず、棚には尾崎一雄の署名本とか尾崎紅葉がやたら多いような印象はあった。

 

尾崎紅葉『浮木丸』春陽堂)明35年12月12日3版, 武内桂舟口絵 2500円

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 初っ端の最上段からはこれだけ。一瞬出遅れたためというのもあろうが、私の出端としては弱い。

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 とはいえこの価格で口絵が付いているのだから嬉しい。ほかに口絵付きの齋藤緑雨『かくれんぼ』や口絵欠の『片ゑくぼ』なんかもあったが、そちらは手放した。いや、口絵欠であっても確か2千円しないくらいの値段で、お買い得には違いなかったのだが、外装欠よりも本体の瑕疵である分、手が出にくいのだ。

 

尾崎一雄『沢がに』(皆美社)昭45年7月10日函帯献呈署名, 朝井閑右衛門装画、石原八束意匠 2500円

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 珍しくもなんともない戦後の本である。もっと言うなれば同書はすでに献呈署名入りで入手してはいたが、宛名が比較的よかったので買っておく。というか、これだけ尾崎の署名がゴロゴロ転がっていて買わないというのもなんだか惜しく感じられただけの話である。

 上司海雲宛の署名本は市場にもあふれかえっていて、これとて珍しいかというとそうでもない。一度(これは以前書いたかもしれないが)志賀直哉から海雲に宛てたものがヤフオクに出たが、確かつまらない本(『秋風』だったか)で1万円を超えたから諦めた覚えがある。

 あとから頁を繰っていると、全体に亘って訂正が書き込まれていることに気づいた。筆跡はおそらく尾崎一雄のものであろうと思うが、以前購入した献呈本に訂正があったかどうかは記憶していない。掘り出すのに骨が折れる。

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③徳永直『太陽のない街(戦旗社)昭5年1月20日, 柳瀬正夢装 2000円

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 版違いで蒐集している本のひとつである。すでに初版、3版、10版を持っているが、版数表記のない版は初めて買った。界隈で何と呼ばれるのか知らないので、便宜上「1万部版」と呼んでいる。

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 詳細は以前まとめたページをご参照願いたいが、版数表記なし版は部数が記載されており、これが2種ある。なお、確認している中では、今回入手した版が最後に出されたものだと推察される。

 あとは再版と7500~8500部本を入手し、ついでに復刻本(これの奥付は独自のもので、同じ表記がなされた原本は存在しないと思われる)を手に入れればコンプリート、となるだろう。

 フソウの棚に並ぶ同書は、もちろん初版など置いていないが、重版なら決まって2千円がつけられている。状態も悪くないから業界最安値だろうとは思うが、それでも他の価格を鑑みると、この本に出すにはちょっと高かったか。

 

小川未明『堤防を突破する浪』(創生堂)昭3年9月5日3版 1500円

 ――――『蜻蛉のお爺さん』(創生堂)昭2年2月10日再版, 池田永治装? 1500円

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 これらには蔵書印こそないが、相変わらず上笙一郎の蔵書だろうか。実をいうと童話本の相場感などほぼ持っていないに等しいのだが、著作としては大正期末のものに当たるので、いちおう買ってみた。

 『蜻蛉』の方は挿絵も魅力的なのだが、浅学ゆえ誰の手によるものか判断が付かない。巻末広告によると池田永治装らしいのだが、名前を如何様にこねくり回したらこの意匠になるのか、わからないから保留としておく。こういう挿絵画家のサインはデータベース化して、それだけで同定できるような目を養わねばなるまい。

 

北原白秋『兎の電報』(アルス)大13年6月10日10版, 矢部季装・挿絵、初山滋絵 1500円

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 これは嬉しかった。白秋の童謡ならもちろん『とんぼの目玉』が白眉であるが、『兎』はそれにつぐ第2童謡集に当たる。矢部季・初山両氏による挿絵が満載で、童謡のみならず画集としての楽しみも味わえる一冊であろう。

 早稲田のデータベースを参照すると初版の画像が挙げられているが、この10版とは全く装丁が異なるらしい。本書は目次に次いで「挿絵目次」なる項目があり、それによると、初版の「表紙」「外装」は初山滋が、10版では矢部季が担当している。また挿絵の収録にも異同があり、初版にあったカラー挿絵のうち、「兎の電報(初山)」「まゐまゐつぶろ(初山)」「夢の小函(矢部)」の3葉は10版になく、初版では中ほどに挿まれていた「蝶々と仔牛」が「兎の電報」に変わって扉となっている。

 カラー挿絵がすべてなくなったわけではないから技術的な問題とは考えられない。初版を見ると金の箔押しがあるなど、10版より豪華な造りであることがうかがえ、してみるに重版は廉価版的な位置づけだったのではないか。といって、装丁(表紙の意匠)が変更となるのはやむを得ないにしても、装丁者の交代までしている理由は不明のままだ。尤も、個人的にはこの重版の表紙の方が好みである。

 

 そのほか、いちおうの探求書を数冊拾ったが、全体にしっかりめの値段の本ばかりだったので、会計は3万を少し超えた。「迷ったら買えって、あれ嘘だよ」とはこの日先輩より頂戴した箴言だが、冷静に考えると当然のこととはいえ、衝撃であった。

南部から横浜

 夜通し活動し、およそ酩酊に近い状態で迎える朝はいつものこと。しかしどうしても行きたい展覧会があるので、カフェインを過剰摂取の上、都心へ向かう。

 

 ここで我が事ながら狂っていると思うのは、ちょうどユーコカイが開催されているから寄っておこうと途中下車を決め込んだことである。ただでさえ体力が限られている中、本を抱えて行動しようとするのは無謀以外の何物でもない。

 そも南部に赴くことは極稀で、今回で3-4度目というズブの素人である。神保町の古書会館での戦い方ならある程度まで理解しているつもりだが、こちらでの立ち回りは全く分かっていないのだった。

 1階部分が9時半に開かれ、次いで10時に2階が開放されるから、無難に9時半過ぎを狙って行くこととした。すでに2階行きの列は長蛇であったから、いまさら並んでも詮無いだろうとのんびり1階を漁る。

 

①時雨音羽『うり家札』(米本書店)大13年5月30日再版献呈署名 200円

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 1階ではこれだけ。本来は函付きか。

 装丁のかわいらしい童謡集だったため目についたのだが、知らない作家である。野口雨情の序文があるし署名も入っているからと購入してみた。

 調べると音羽(おとは/おとわ)はビクターで作詞家としてかなり有名な御仁らしく、紫綬褒章まで受賞しているとのこと。また戦後には脚本家としても活躍したとか。

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 献呈先は池田義信と読めるが、wikiによるとこのころ活躍していた映画監督に同名の人物がいるので、おそらくこれだろう。お互いまだ若手の頃ではないかと思うが、そのころから交友があったのか、あるいはあとから送ったのか。

 

宇野浩二『文学の三十年』中央公論社)昭17年8月28日初版献署, 鍋井克之装 1000円

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 何しろユーコカイに出している店にどこがあるかすらわからないので、何となく黒っぽいツキノワの棚に陣取ってみる。

 ここでは署名本に「サイン」と手書きの帯を巻いてあるのがわかりやすい*1。宇野の署名とて別段珍しくはないし、本書も確か裸本で持っていたものの、一応捲ってみると高田保宛だったので買っておく。単なる署名本にしても随分安いと思う。

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 高田保の著書は古本屋でも比較的よくみかける印象ながら、読んだことはない。宇野との交流もそれなりにあったらしいが、この辺りはこれから勉強したいところである。

 帰ってからよく検めていると、函の天部に下のような印が押されていた。

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寄贈の印にしてはしっかり作られている。ここで裏見返しを確認したところ、本書が日本近代文学館の除籍資料であることがわかった。してみるに高田綾子というのは親族か何かであろう。

 

③沖野岩三郎『いづこへ行く』(子供の教養社)昭8年12月23日 1000円

 ―――――『宛名印記』(東水社)昭16年9月28日函, 福田平八郎表紙絵 1000円

 ―――――『大人の読んだ小学国語読本』(盛林堂)昭15年9月19日 1000円

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 ふと棚を見ると沖野の著作が刺さっていて、慌てて見渡したら3冊も拾うことができた。いずれも所持していなかったもので、特に『大人の読んだ―』にいたってはタイトルすら知らなかった。こういう出会いがあるから、期待のない古書展でも行っておくに越したことはないのである。

 『大人の読んだ―』は、昭和初期の小学国語読本を沖野が読んで、それについて批評を加えているものである。これが今読んでもなかなか面白い。たとえば、初めの項目には以下のような記述がある。

以前の読本には、(中略)単語を六つ教えたあとで、すぐに『ヰマス』と、『アリマス』の区別を教えようとしたり、てにをはの『ガ』と『モ』との区別を教えようとしたのは少し無理であった。こんな区別は相当教育を受けた人でも、時として間違うものである。(pp.1-2)

本書で主として扱うのはいわゆる「サクラ読本」であり、それと比較すると「以前の読本」は内容に無理があったという指摘だ。経験の浅い私は「以前の読本」を見たことがないのだが、日本語教育などの視点から見ても、この指摘は的を射ているだろうと思う。沖野の教育者としての観点がうかがい知れる1冊ではないか。

 

④『中央公論 第42巻12号』中央公論社)昭2年12月1日 500円

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 2周目だったか3周目だったか、とにかく何度か会場を行き来していると、ツキノワの棚に中央公論が1冊ぽつんと面陳してあるのが見えた。今日は未知の書を探求することに重きを置いていたから、なんとなく目次を見てみると、中に正宗白鳥の「演劇時評」が掲載されていたのだが、扱った演目のひとつに「坊ちゃん」があったのだった。

 この「坊ちゃん」は昭和2年11月に本郷座で初演、二代目市川猿之助が主演を担ったもので、同作の舞台化としては最も古い例と考えられる。なお、数年後に帝劇で公演されたものも確認しているが、詳細は調査中。

 白鳥はこの本郷座での講演を見てその感想を書いているのだが、「この芝居は、小説をそっくり並べ立てたようなもので、殆ど戯曲的技巧を弄していないのであるが、下手にいぢり廻すよりはよかった」と中々手厳しい。蓋し、映画はともかくとして、劇には向かない作品なのであろう。

 で、この中央公論だが、家で改めて捲っているとこんな葉書が挟まっていた。

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書き手は一般人で、内容的には自分が詠んだ短歌を「宙外先生」に読んでいただこうとしたものではないかと思う。葉書自体の価値は措いても、となれば本書は後藤宙外の旧蔵書の可能性が高く、表紙の書き込みや本文の朱なども愛おしく思われてくる。

 

 そのほか、近文で復刻された雑誌の解説だけというのを各200円で5部とか、手塚治虫ボードゲームなんかを抱え、南部としてはちょっと買い過ぎの体に至ってしまう。しかし我ながら掘り出し物ぞろいではないか。

 

* * * *

 

 本来の目的は横浜にあった。

 全国を巡回中で、目下そごう美術館で開催されている「不思議の国のアリス展」である。これについては細かく書かないが、初版本(もちろん公刊版)やキャロルの手による原画、後版・翻訳版のヴァリエーションを見ることができ、かなり楽しかった。

 

 で、せっかく横浜まで来たのだからと、神奈川近代文学館へ更に足を伸ばす。見逃せない「中島敦展」である。この時点で疲労はピークを迎えており、展示に注意を切らさないようにするのが大変だった。

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 敦のひととなりはザっと知っているが、それでも個々の作品の成立背景を、直筆原稿とともに振り返れるのは勉強になる。妻との間の書簡とか、子供たちに宛てた葉書なども愛らしい文面で興味深かった。

 何よりありがたかったのは、入館した瞬間に折よくギャラリートークが始まったことであった。これにより、展示を見るより先に全体の構成を知ることができ、理解がより簡単になったと思う。

 

⑤『中島敦 魅せられた旅人の短い生涯』神奈川近代文学館)令元9月28日 1000円

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 展示されていた貴重資料がまとまっていて、中島敦ファンであればマストであろうと思う。これで千円というのは安い。となりに写っているのは、展示の内容に関するワークシートに取り組むといただける、『文スト』コラボのクリアファイルである。ファイルも嬉しいが、ワークシートがあることで、どこに注目すべきかがわかるので助かった。

 

 横浜にいるのだからうまいものでも食べて帰ればよいものを、あまりの眠気でそれどころではなく、半分意識を失った状態で帰路に就いた。しかしこういう無茶をしなければ、文化的活動に興じることなどかなわないのである。

*1:むろん、そこまで確認しきれずに紛れているパターンも少なくないわけで、そういうところこそが私にとってはねらい目なのだが。

風邪ひきのお祭り9日目

 いちおう言っておくと、書痴のはしくれとして3日目の日曜にも古本まつりへは赴いている。飽きもせずにS林堂へ詰め掛け、『少年小説大系』の持っていない号をゴッソリと購い、さすがに持っては帰れぬと配送無料券の恩恵に浴することになった。

 まあそれについて書いても面白くはないので、1週間の休養のち、再びまつりを冷かしに行ったのが今日の話である。なお、風邪の状況としては、未だ治りかけ。

 

巌谷小波『恋の画葉書』(博文館)明38年11月7日, 和田英作画 500円

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 ふだんなら手に取らない本ではあるけれども、S林堂ワゴンを覗いて手ぶらで帰るわけにもゆかず、このあたりは私が買うべきタイトルだろうと買っておく。

 巻頭に「亡尾崎紅葉君の霊前に呈す 小波」と掲げられた本書は、いかにも明治本らしい風情をもっていて、英作の挿絵も綺麗だ。

 

上田敏『詩聖ダンテ』(金港堂)明34年12月28日 500円

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 これも同ワゴンではあまり流行らなさそうな明治本である。やっぱり造りがしっかりしていて、表紙の金がいい雰囲気である。求光閣やら文化社やらによる後版もあるらしいが、これが元版か。

 金港堂の本を買ったのは初めてではないかと思うのだが、つい最近出された『明治出版史上の金港堂』は手に入れてすらいない(というか高くておいそれと購えない)。所持していたところで必ずしも読むわけではないものの、どんどん勉強していかないと、古本者をやっている甲斐もないというものであろう。

 

* * * *

 

 アイショ会では収穫を得られず*1、フソウ事務所へ。

 

川島幸希『近代文学署名本三十選』日本古書通信社)令元年11月3日元パラ限50部赤表紙 20000円

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 川島氏による初版本関連書の新刊。古通の定期購読者に限って抽選販売されたもので、初めは30部発行の予定だったものが、応募多数のため50部に増やされたそうである。色は黒赤青の3種あり、赤と青については、下部に向かって黒いグラデーションがかかっている。

 シンプルな黒も格好良かったが、すでに頂いていた『川島幸希初版本著書目録』も赤い表紙で、揃えておくのも良いかと思い赤を選んだ。後で聞いたところでは、『私がこだわった初版本』の廉価版も赤表紙で同様のグラデーションがかかっているということであった。

 内容は実にシンプルで、川島氏が架蔵している署名本のうち、まさに逸品と言うべきものを1作家につき1冊選び出し、その署名ページをカラー版で印刷してあるだけのものである。これまでの本のように解説や入手経緯などは一切書かれていないが、一級品揃いなのでそれだけでも眼福だ。

 ところでこの2万円というのは、新刊本古本の別を問わず、1冊に出した額としては最高額となった。本書はもう買うしかない本であるが、古書で2万というのもまだ出すのが躊躇われるくらい未熟なコレクターである。

*1:実は1冊、70年代の少年ジャンプを買った。ある作品の単行本未収録と思しき回が掲載されていたためで、これは今後調査しておきたいところだ。

風邪ひきのお祭り2日目

 2日目である。

 去年であればS林堂の2日目に行って、急ぎ足にブックフェスティバルへ向かう、という順路を辿ったわけだが、今回は前日の雨によって青展は「初日」。やはり「2日目」よりも人は集中してくるのであった。

 私はというと、早めの9時にワゴン前へ陣取り、先輩やS林堂店主と話をしながら10時の開店を待つ。歩道の(決して屈強とは言えない)ワゴンにもかかわらず、例年通り、開店間際には5重6重の人の山が圧をかけていた。「今年はオモシがないので、くれぐれも棚を倒さないでくださいね」とは、店主による注意勧告である。

 で、オープンと同時に一斉に手が伸びるのも去年と同じ。やはりS林堂に集まる面々は探偵小説とか大衆よりの好みの方が多いから、純文学系が中心の私は必然的に競争率の低い本をかっさらってゆく。眼前で「大岡裁き」よろしく、本の両端を掴んでの奪い合い*1が発生したりしても、こちらはこちらの目当てを黙々と引き抜き、ある程度抱えたところで人だかりを離脱した。振り返ると、先輩は後ろからの圧迫でうまく抜け出せない様子であった。

 

泉鏡花『鏡花選集』春陽堂)大7年9月5日10版, 小村雪岱装 8000円

 ―――『龍蜂集』春陽堂)大12年3月5日, 小村雪岱装 10000円

 ―――『紅梅集』春陽堂)大9年12月5日7版, 小村雪岱装 8000円

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 かなり大物だが、まあお祭りだ。こういう風に手に取れる機会もあんまりないし、勢いづいたときに買っておこうと抱えておいた。

 多少クロスに痛みはあるが、見返しの意匠はまあまあ。

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値段が妥当なのかどうかは正直わからないけれども、今ホットな『龍蜂集』を含め、3冊まとめて手に入れられたのはひとまずよかったと思う。

 

夏目漱石『漾虚集』(大倉書店)明39年5月22日再版, 中村不折装画 橋口五葉画 1000円

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 これも既に持っているけれども、所持していたのは3版で、今回のこれは再版である。3版入手時の記事にも書いたが、本書は3版で改定されている。もう少し詳しくいうと修正が再版発行に間に合わず、あえなく再版は初版のまま出された、ということらしい。

 前回の入手も1000円だったから値段のありがたみは少ないものの、それでも格安である。背の題箋まで残っているし、資料としても格好の収穫であった。

 

川端康成『乙女の港』

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 これも予ねて欲しかった本である。中原淳一の装丁本としては、代表作と言ってもいいのではないだろうか。昨日の特選に重版裸が2000円で並んでいて、ちょっと考えたものの背のイタミがひどかったので見送ったばかりであった。これは背もはっきりしていて函もある、俄然ベターな物件である。

 ところで本書は37版、重版がまずまず出たということであるが、そのわりに函付の本がゴロゴロしている印象はない。きちんと「版飛ばし」せずに出版されているのだろうか。

 

④石川湧・丹京一郎訳『モン・パリ・変奏曲・カジノ』春陽堂)昭5年4月18日 1500円

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 読むか、というと内容への興味はさほどでもないが、やはり装丁に惹かれるかたちで探求している「世界大都会尖端ジャズ文学叢書」の1冊である。

 実は先日、先輩がヤフオクにカバー付きで出していた本書を落札したばかりで、今日のワゴンにはカバー付とカバー欠とが並んでいて、「お触り用」としてカバー欠を買っておいた次第。それにしたって安かろう。

 同叢書では『大東京インターナショナル』と『JAZZブロードウェイ』とのそれぞれカバー欠をもっている*2が、あとは『モダン東京円舞曲』あたりも欲しい所ではある。もちろん、カバーまでは求めない。

 ところで、この叢書の装丁は、どっかの画家の作品をノンクレジットでパクってきているものらしい。従って本書の装丁者も、誰かはわかっていないようだ。

 

* * * *

 

 収穫はいったん預け*3、通りを一本入ったブックフェスへ。

 特別コレが欲しい、という本はないけれども、アレが安ければなぁという願望は抱いての参戦であったが、お目当ては並んでいないようで残念。

 とはいえそこは本好き。定価より格段に安い専門書類や、珍しいデッドストックなどを見かけるとついつい手を出してしまい、気づけばS林堂の本を入れる前にリュックがいっぱいになってしまっているのだった。

 

⑤野口孝一『銀座カフェー興亡史』平凡社)平30年2月23日初カバー帯 1200円

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 平凡社のワゴンは一律定価の半額である。単行本群も魅力的だが、平凡社ライブラリが帯もついてどっさり並んでいるのは見ていて楽しかった。中々古書価の下がらないタイトルも多く、ここが最安値(かつまずまず綺麗)で手に入れられる場所かもしれない。

 本書は、具体的な店名を挙げつつ、銀座のカフェーの姿を語った本である。当時書かれた手記などからエピソードを抜き出し、メニューやらサービスの内容やら、ぼんやりとは知っていても実像の掴みにくそうな証言がまとまっていて面白そうだ。当然と言うべきか、目次を見ると荷風の名前も挙げられているから、近代文学研究において何かしらの参考になるのではないか。

 

⑥山本佐恵『戦時下の万博と「日本」の表象』森話社)平24年4月20日初カバー帯 2000円

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  森話社のワゴンから。森話社といえば書痴の間では『伏字の文化史』が話題であったが、それは一昨年入手済み。今年も出品はされていたが値段は"ask"となっていた。といっても2千数百円程度だろう。ここが一番安いのには変わりない。

 万博への興味から買った本書は、1939年のニューヨーク万博における日本館の展示から、対外的に日本の姿をどう定義付けようとしていたかを読み解いていくもののようで、パッと見でも写真資料が満載で楽しい。近代の万博は写真を見る限り、展示の内容もさることながら、各館の建築が興味深く、怪建築好きの私としては写真集でもないものかと思っている(実際探してみれば容易に見つかるのかもしれないが、そこまでしないあたりに探究心の乏しさが表れていよう)。

 

⑦『小沼丹 スクラップ・ブック』幻戯書房)平31年1月非売品 1500円

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 幻戯書房小沼丹の本を次々と出したのは1年ほど前のことだったか。その時は小説集を3冊購い、購入者特典のTシャツは頂戴したのだが、予算と興味の関係上、随筆集は買うに至らなかった*4

 その随筆集を2冊だかまとめて購入すると、特典としてもらえるのがこの冊子である。アンケートとかコラムとか、本にまとめるほどでもない小文の寄せ集めではあるが、そこは小沼丹。読めばそれなりに面白い。将棋の観戦記録なんかは全く興味ないけれども、これもここでしか手に入らない貴重な本といえるだろう。

 

 ここでは全てを記しはしないが、S林堂からは15冊、ブックフェスからは10冊購入し、質量ともに中々の収穫を抱えて帰路に就いた。前年から引き続いている「送ったら負け」の信念は、昨日で既に折れてしまっていたが、収穫を持ち帰りたくもあったので、今日ばかりは我慢した格好。

 

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(画像は、初めて訪うた「ランチョン」の日替わり定食)

 

 

※追記

 盛林堂のワゴンから、ただの1冊だけ、抱えておきながら値段を確認のち戻してしまった本があった。あとから先輩に伺ったところでは、それこそ一番の「お値打ちもの」であったとのこと。もっというと、完本で探すのは相当に苦労する1冊であるという。

 ふだんなら抱えるだけ抱えたものについてはすべて買う、という節操のないスタンスを貫いているのに、なぜか判断が鈍ったらしい。鏡花3冊の出費もあったためだろうか。

 とにかく「その1冊だけ」を戻したという事実が大変に口惜しく、己の不勉強をひたすらに呪うことになるのだった。このタイトルは、たといコレクターを引退しようとも決して忘れることはあるまい。

*1:私であれば、つかみ合いが発生した時点ですぐさま放し、次の本を狙いに行くところである。よほどその1冊に入れ込んでいる=ほかに狙う本が皆無であるなら話は別であるが、そんな状況はおおよそ考えにくいので、ダメなら次々と割り切るのが得策ではないか。

*2:と、先輩にお伝えしたら「君は何を持っているのか底が知れない」という意味のことを言われたけれども、実際どこにも公表していない良い本というのはほとんどない。卑しい性格ゆえ、手に入れたら報告せずにはおれないのである。

*3:というか人だかりで会計すらままならぬ戦況であった。言うまでもないことであるが、開店前の人だかりと言い、これほどの争奪戦と言い、青展においてはS林堂を措いてほかでは見られない光景である。実に恐ろしいことだ。

*4:随筆じたい読まないわけでもないのだが、読むときは内容で読んでいるのであって、雰囲気で読むことはまずない。小沼とか木山捷平あたりは世間の評価が高いけれども、作家読みができるほど読書眼を養えていないということだ。