紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

ネットで坊っちゃんほか

 周知のとおり、古書展という古書展が中止の憂き目を見ている――もはやこれが古書日誌における枕となりつつあるのが逆説的に可笑しい――わけだが、言うまでもなく下等遊民たる私は、狂ったように本を買い繋いでいる。経済を回すためとの名目が立つのをよいことに、ネットやなじみの店に入り浸りのかっこう。もはや古本に何を求めているのか、自分でも知れたものではない。

 ちょっと間が空きすぎたので、方々での収穫のごく一部を記しておく。

 

愛媛新聞メディアセンター編『創刊130周年記念 愛媛新聞年表・『坊っちゃん』とたどる明治の松山』愛媛新聞社)平18年6月11日2冊共函 2310円

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 だらけ渋谷店で見つけた。というより、通販の検索で発見し、いちおう現物を見てから買おうと直接赴いて購入した1冊だ。

 2冊組でB4版くらいの大きさがあり、年表の方は並製、『坊っちゃん~』の方は上製のクロス装である。〈このような年表の類は、もとより無味なものですから〉と序文にある通り、年表そのものは平凡なもので、よほど肩入れした新聞社であるとかでない限りは面白みをほとんど感じられないであろう。

 もちろん、私の注目は『坊っちゃん~』の中身にあるわけだが、これは想像以上に貴重な資料であった。なんと『ホトトギス』掲載時の紙面を、全頁カラーで読めるようにしてあるのだ。

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 「坊っちゃん」の原稿は、原稿用紙のかたちでの復刻もされているし、集英社新書でも容易にカラー画像にアクセスすることができる。また初刊本『鶉籠』は外装欠なら数千円で元版を買うことも可能だし、近代文学館から出された復刻なら、うまくすればカバー外函付でも100円で買うことが出来る。しかし、初出雑誌『ホトトギス』の復刻というのはこれまで一度も見たことがない*1。個人的には『鶉籠』よりも『ホトトギス』版の紙面の方が好みなので、これはかなり嬉しい収穫であった。

 大判で見やすく、やはりカラーというのがよい。これとてもとより非売品で、古書市場で見かけることもそう多くはないのだが、もっと知られるべき資料ではないかと思う。

 

夏目漱石翻刻 坊っちゃん愛媛新聞社)平18年10月6日初版第1刷カバー帯 1100円

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 ①を紐解いていて、愛媛新聞の発行による「坊っちゃん」モノがもうひとつあるのを思い出し、取り寄せてみた。タイトルには「翻刻」とあるが、もしかするとこれも『ホトトギス』の写真版ではないかと一縷の望みをかけていたのだが、さすがにそれは高望みが過ぎたようで、全編活字に書き起こされているのだった。

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 しかし、活字に起こされているとはいっても仮名遣いや漢字表記は『ホトトギス』に完全に準拠しているのはちょっと面白く、1ページ目から〈小使に負さつて〉となっているのは愛らしいではないか。ちょうど祖父江慎氏の手により復刻された『心』のように、あきらかな誤植までそのまま(ママ表記が付されている)というのは「坊っちゃん」において他に例のない試みではないだろうか*2

 なお、少し見たところ欄外の註は①のものと同じらしい。どうせならモノクロでもよいから写真版で出していただきたかった気もするが、『ホトトギス』版の本文を、いちおうでも手に入れられるのは喜ばしいことである。

 

③小谷剛『確証(確證)』改造社)昭24年8月25日再版帯, 熊谷九寿装 2110円

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 ヤフオクでの落札品。芥川賞にすごく興味があるでもないのだが、帯付の値段にしては安価だと札を入れて置いたらそのまま落とせてしまった。元より現代では買う人のいない作家である。

 装丁は初版と同様らしいが、再版は帯に「好評!重版」との印刷が追加されると大場啓志編『芥川賞受賞本書誌』にあった。初版でないから数万円なる古書価は付かないだろうが、帯本冊ともに状態は悪くない。先日の『地中海・法廷』に続いて賞モノの入手となり、しかしこの道には進むまいと決めている。

 

 この頃はやたらに「坊っちゃん」関連の本を買っている。これで研究が進んでさえいれば褒められようものだが、これを処理するだけの能力がないことだけが大変に口惜しいのである。

 というか、古書展がまったく開催されないことを受けて、私の古書慾みたような興味がどんどん減退しているように感ぜられているのである。

*1:どうも復刻されてはいるらしいのだが、セットで購入するのは公共機関くらいなものだろうし、バラすとほぼ無価値となるので出回る数が少ないのかもしれない。

*2:やるとしたらそれこそ祖父江氏くらいなものだろう。