紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

資料漁り周遊

 古本を山と買いだして丸5年くらいになるが、これまでは結句蒐集癖によるもので実用のために購ったことはほとんどなかった。それがここにきて、資料を集める必要が出て来てしまった。仕事というほど大層なものではないにせよ、古書展に足繁く通わなくてはならない状況となったのは嬉しいやら不安やらといった心持である。

 というわけで久々に朝から並んだマドテン。

 

森鴎外訳『寂しき人々』(金尾文淵堂)明44年7月20日, 藤島武二装 300円

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 聞くところによると蝙蝠堂は久々の参加らしい。とあれば数年に1度のフィーバー回か、と思いきやそういうことはなく少し残念であった。鴎外のこれとて、安いから買っておいたがそれ以上でもそれ以下でもないところである。

 蝙蝠の高くて買えないゾーンには、幹彦本がいろいろ出ていて見る分には面白かった。『九番館』とか『紅夢集』とか、きちんと函付きのものを触るだけ触らせていただいた。

 

夏目漱石『漾虚集』(大倉書店)大6年10月30日再版 100円

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 漱石の縮刷版で裸ともなると、あれだけ混雑するアキツ棚でも誰も拾わない。私とて基本的には函付きでもそんなに食指が動かないのだが、ふと見たら再版だったので確保しておく。本書の装丁者は不明。地は濃緑ベタ塗りに見えるが、うっすらと意匠が入っていて、青楓あたりの絵かなと思うもののサインがないので確言は出来ない。

 といって初版でもなし、状態の比較的良いくらいがとりえか。

 

谷崎潤一郎『異端者の悲み』(阿蘭陀書房)大6年9月15日 800円

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 何周か会場を回っていると、ケヤキにリバースされていた。どうも先輩がリリースしたものらしかった。函欠、裏見返し欠、扉に蔵印、と汚本もいいところだが、外見としてはあまり問題はないし、この値段で買う機会はないだろうと拾っておく。

 ただ個人的には、こういう一面に銀色が光っているような装丁は好みではない。佐藤春夫『ぽるとがるぶみ』なんかもそうだが、なんとなく汚らしい感じがしてしまって受け付けないのだ。感覚の問題なのでこれ以上説明のしようがないが、阿蘭陀書房刊行の谷崎本とあっては文句を垂れつつも買ってしまう。

 

④『白樺 第8巻5号』(洛陽堂)大6年5月1日 2700円

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 後半も後半、アキツのたすき掛けの棚を物色していて見つけた。あの配置は見づらいが掘り出し物が埋もれているので楽しい。数冊あった『白樺』のうち、古めの所をめくると「城の崎にて」の初出号だったので喜んで確保する。

 しかし改めて見ると、初出の本文はこんにち知られているものと全く違うことがわかる。そもそも書き出しからして「山手線」という言葉が使われていないのは意外にさえ思えるくらいだ。

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なお、このあたりを詳しく調べた論文に寺杣雅人(2011)「志賀直哉『城の崎にて』の形成 ― 『城の崎にて』から『城崎にて』へ―」がある。

harp.lib.hiroshima-u.ac.jp

 休憩がてら先輩方と丸香へ繰り出し、いろいろとお話を伺う。まだまだ買うべき資料はたくさんあるなぁと思ったことであった。