紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

引かれ者の小唄

 久々にフソウ事務所へ訪った。最後に行ったのは3月ごろだったろうか。ともかくここ数ヶ月は古書展のために神保町へ足を運ぶこともなく、界隈で私はおおよそ引退したものと思われているらしかった。

 しかし重ねて言うことだが、本を買っていないということはない。どころか、今年の購入冊数も例年に同じく千冊を優に超える目算である。それでも展覧会の開場前から並ぼうという気が起こらないのは、気力と体力の減退が要因として大きい。加えて、幸いなことに欲しい本*1がけっこう集まってきたので、これ以上徒に蔵書を増やすことが躊躇われるというのもある。

 

 もちろん棚を見れば何かを掴まずにはおれない。高めな本はそういうわけで食指が動かないが、相変わらず異様な質の高さを誇る3冊100円コーナーから今日は6冊買う。

 

夏目漱石『鶉籠 虞美人草春陽堂)大3年1月15日3版函 33円

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 重版の裸なら買わなかったが、函のコンディションも悪くない。さらに今回入手したのは3版だが、私はすでに初版と再版を架蔵しているので、1から3がきれいに揃ったかっこうになった。だからどうということはないが、いざ集めようと思うと苦労するのが版の若いあたりであることは疑うべくもない。

 なおこの版はギリギリ100版に届かないくらいまでの重版を確認している。

 

高浜虚子俳諧師(民友社)明42年1月1日 33円

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 再版は持っていたがこれは初版*2。いつだったかヤフオクに出された初版の画像を見、表紙及び背表紙の字の色が異なることに気づいた。すなわち、初版が銀で再版がオレンジだったのである。そのときの出品本に外装が付いていたかどうかは忘れてしまったが、再版と同じくカバー装であろう。

 いざ手に取って再版と比べて見ると、束の厚さがずいぶん異なっていることがわかる。本分用紙が薄くなっているためだ。また、初版はクロス装に銀の箔押しであるのに対し、再版は紙装にオレンジ色が刷ってある感じ。全体に造りは安っぽくなっていると言ってよいかもしれない。

 

菊池寛『極楽』春陽堂)大13年5月5日10版 33円

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 『極楽』というと函付きの上製本の印象が強く、私も重版裸(版数失念)を買ったことがあるが、並製版の重版はたぶん見たことがなかった。いや、よし古書展の場で見ていたとしても、特段菊池寛に関心があるでもない私のことだから、気にも留めなかっただろうと思う。

 日本の古本屋を見ると同じ10版が1300円で出ているが、画像はないので記述からは並製だか上製だか判別できない。上製にしてもそんなにない本ではないと思うのだが、検索ではあまり数が出てこないのであまり検証できず残念だ*3

 『心の王国』あたりもたしか重版で装丁が変わっていたりするので、菊池寛蒐集を志そうとすると注意点が多そうである。

 

 ほか、ちょっと気になる本も買ったが、どうせなら調査をしてから書きたいのでここでは伏せる。

 

 

 それから、今日は神保町一帯で開催されているブックフリマの初日であった。従来のブックフェスのように大っぴらな催しは世間体がマズいということで、有志の出版社がそれぞれの社屋で特価本を販売しているのである。

 あっちもこっちも行きたかったが、事務所を辞去したあとで時間が少なく、皓星社だけ覗くことに。

 

高見順編『浅草』英宝社)昭30年12月25日初版, 高橋忠弥装 300円

 野一色幹夫『浅草紳士録』(朋文社)昭31年11月25日, 永井保装 300円

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 ともに浅草関連の本だが、聞けばこれは皓星社刊『浅草』の種本にあたるのだという。荷風についての記述があったり芝居や風俗など、当時の風景を知るには貴重な証言だろうと買っておいた。

 書誌とか図書館関連のいいところは、すでに午前中で捌けてしまったようだった。

 

 余談ながら、今回久々の事務所訪問で、思いのほか方々へ不義理を働いているとわかった。次回のシュミテンはいちおう顔を出しておこうか。

*1:元より読書家ではないのでピンポイントでの探求書は少ない

*2:こういう買い方をするからうかうか古書展へ行けないのだ。

*3:先輩からの指摘で、これが震災をまたいでの装丁変更と気づいた。戦前戦後は言うに及ばず、これも重要なターニングポイントであるだけに、思い至らなかった自分が情けない。