紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

ふらふらの大阪

 シュミテンが終わるや否や新幹線で大阪へ向かった。用事自体は翌日だったので、この日はホテルへチェックインしておしまい、でもよかったのだが、せっかくならと古本屋へ。

 先輩方の多くからご推薦いただいた「文庫カイ」である。以前よりツイッターで存じ上げてはいて、戦前の魅力的な本を扱っているようだが果たして私に買えるだろうか、というのが予てからの疑問であったのだ。

 店内に入るや否や、「〇〇さんですね」と見抜かれてしまい*1、延々2時間半もお話をさせていただいてしまった。ありがたいことです。で、計6冊購入したうち、数冊を挙げておく。

 

青野季吉『サラリーマン恐怖時代』(先進社)昭5年3月2日初函, 柳瀬正夢装 2500円

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 まず1冊選んだのがこれだった。青野季吉は読んだことないが、題名からしてまあ内容はお察し、という感じがする。ただし柳瀬正夢による装丁が非常に魅力的で、コミカルなにおいも漂わせながら、プロレタリア的なメッセージも込められている(と思う)。「ジャケ買いにはいい本ですね」とは店主の言である。

 近デジにも画像はあるようだがモノクロのうえ映りがひどい。これとて函は壊れかかっているものの本冊はきれいだし、淡い色彩とか線の感じもしっかり確認できるから、やはり現物は良いと思う次第。

 

②阪中正夫『馬』改造社)昭9年4月18日初献呈署名 2500円

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 最近ちょっと書誌的に気になっている「文芸復興叢書」の1冊である。阪中正夫が、まして戯曲が読みたいわけでもなかったが、上司海雲宛というのが面白くて買ってしまった。むかし、志賀直哉から海雲宛の署名本というのがヤフオクに出ていて惹かれたことがあったので、今回店内に海雲宛の本がたくさん置いてあるのを見て、どれを買うべきか悩んだことであった。

 

③宮沢清六・市村宏編『宮澤賢治珠玉選』昭24年11月25日初函, 佐藤義郎装 8000円

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 ちょっと大物だったが買ってしまった。この時代にしては堅牢なつくりで、賢治の本を世に送り出そうという気概が感じられはしないだろうか。

 これに加え、古谷綱武『詩人宮沢賢治』と、古谷からある人に宛てた葉書とのセットも購入したのだが、これらと『珠玉選』の関係、即ちどういう口として現れた品であるかもお聞きすることができて面白かった*2。セットたるべき本をちゃんと掴めた自分を褒めたいところだ。

 

④片上伸・相馬御風編『十六人集』(新潮社)大9年2月25日初函 4000円

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 これは一番「おおっ」となった本だった。スペイン風邪に苦しむ小川未明一家を支援するために、作家仲間が集まって出版した本である。某版道さんのツイートで知っていたし、錚々たるメンバーが寄稿していることもあって、是非コレクションに加えておきたい本であった。店主が出してくれたこの本は函もぴっちりしてきれいだし、それに守られた本冊も白地が輝くほど鮮やかである。

 あとから思い返すと、以前画像で見たものは函の平に題箋というかタイトルとか書いたのが貼ってあったような気もするけど、これにはなく、又剥がれたような跡もない(スキャンする前にグラシンをかけてしまったので画像ではわからないと思う)。いずれにしても手ごろでよい買い物であった。

 

 ただでさえお手頃価格なうえ、お会計からさらにずいぶんとマケてくださった。いかにも大阪の商売と感じるのは、私がほぼ東京を出たことがないためであろうか。またオマケとして志賀直哉関連の葉書まで頂戴し、とても嬉しかった。まさに遥々来た甲斐があったというものである。

 次はもっとゆっくり、この店目当てで来阪を果たしたいものだ。

*1:私は比較的目立つ相貌をしているので、よく行く店であれば店主に顔を覚えられることまでは想定できる。ところが、私の顔(すがた)とツイッターのアカウントとがリンクして認識される、つまり「あなたがツイッターの〇〇さんですね」と言われることが最近つづいた。今回の場合は訪店することを明言していて、だいたいの時間もツイートから察せられたから半ば当然なのだが、そうでない店でも面が割れてしまっているのは不思議だ。

*2:ブログの趣旨的に言って公開しても良いのだが、ちょっと長くなりそうなのと調査をきちんとしたいのとで、稿を改めたい。