宣言下の大収穫
ナントカ宣言はまもなく解除と相成るらしいが、これが奏功するかと言うとあまり効果は期待できないし、そも宣言じたい、慣れきってしまった日本人にとってみればちょっとしたお小言に過ぎないのではないかという気もする。
そんな中にあって久々のシュミテンである。8時45分くらいに赴くと7番目。9時半くらいに整理券が配布され、9時50分くらいに会場になだれ込んでいくという流れであった。最下層での待ち時間がない分、ジリジリとした緊張感に炙られることもなく、番号の前後がモロに表れる方策ではあるが、早めに来た者にとってはありがたいものだった。
今日は全体に、いわゆる名著が多かった。漱石や芥川のイタミ本がお手頃価格で何冊も見受けられ、『百艸』が状態違いで3冊とか、佐藤春夫『殉情詩集』カバ欠が3-4冊まとまって並んでいたりした。いつになく非常に面白い回となったので、ふだんなら絶対に手放さないクラスの本でも、「今日はやめとくか」と、後々の悔恨が目に見えつつも棚に戻していくのであった。
①里見弴『多情仏心 前編』(新潮社)大13年4月5日函, 小村雪岱装
―――『多情仏心 後編』(新潮社)大13年8月10日函, 小村雪岱装 2冊揃2000円
ちょうど雪岱展を見て日が経っていない折だったので、開始直後にこれを発見できたのは嬉しかった。揃いでしかも函が付いてこの値段。それも褪色しやすい函背がかなりはっきり残っているのだ。
小村雪岱専門の先輩に見せると、函背に限って言えば先輩所持のものよりきれいとのことであった。私にとっても欲しい本であったので申し訳なくもお譲りは出来なかったが、いきなり善本を得られたのは幸運である。
②岡本綺堂『半七捕物帳 上巻』(春陽堂)昭4年2月5日4版函
――――『半七捕物帳 下巻』(春陽堂)昭4年2月5日4版函 上下揃1200円
真っ先に引っ掴んだもののひとつ。裸本で下巻は持っていた*1が、これも函付き揃いでこの値段は稀有であろう。探偵小説としても好きな作品なので完本は嬉しい。函はイタミが散見され補修もあるが、全体に印象は悪くない(本冊はあまり良くない)。先の先輩に曰く「『多情仏心』を戻すよりこっちを戻す方が罪深い」と。
状態を考慮すると、この版で読んでみるというのにちょうどよいレベルかもしれないと思っている。
関連して他に、『綺堂脚本集』と『半七聞書帳』も購入した。
③渡辺霞亭『勝鬨 前編』(隆文館)大3年12月10日函, 杉浦非水装
――――『勝鬨 中編』(隆文館)大4年2月25日函, 非水装
――――『勝鬨 下編』(隆文館)大4年6月20日函, 非水装 3冊揃2000円
渡辺霞亭の本に詳しいわけではないが、これは初めてみた。一見して明らかな非水装で、雰囲気はよいものの、口絵欠でしかも函本冊ともにコーティングがされてしまっている。その分見た目には美本っぽいのだが、それでもやりきれない感はある。『増補改訂 木版口絵総覧』によれば、本来は清方の口絵が付くらしい。
下編の巻末には「勝鬨同情録」なるものがあって、読者から寄せられた感想の数々が」収録されている。『渦巻』にも似たようなのがあったが、あれは新聞などの評判だったか。需要を知る上では貴重な資料である。
④夏目漱石『鶉籠 虞美人草』(春陽堂)大2年2月10日, 津田青楓装 1000円
タスキがけの本を見ていくと、縮刷の『三四郎』函付き初版2500円というのがあった。全体に状態はよくないものの縮刷初版は貴重なわけで、欲しくもあったが他との兼ね合いで手は伸ばさず。しかし、ということは、と棚に刺さっている縮刷『鶉籠 虞美人草』を見たら果たして初版であったというわけである。
背は歪み切っていて無惨、重版なれば100円でも買う人がいるかどうかというコンディションである。本質的に言えば初版だから何があるわけでもないし、そもそも私は「奥付に初版とあるだけ」の初版本にはあまり興味がない。しかし、まあいちおう「坊っちゃん」に関わるところでもあるし、『鶉籠』にだけは少しくこだわりを見せていきたいところだ。
⑤徳富蘆花原著/中沢弘光編画『不如帰画譜』(左久良書房)明44年1月15日 3000円
知らない本だが、しばらく棚に残っていたので手に取ってみると、内容がなかなか良い。
見開きの右頁に『不如帰』の一場面の本文を再構成したもの*2があり、対向の左頁に中沢弘光によるその挿絵が配置されている。圧巻なのはその量で、全300頁にわたってその構成だから、軽く150の挿絵が収録されていることになる。それもところどころ多色刷りなのだから非常に豪華な仕様である。本来は函付きで、どんなものかはネット上に画像が転がっていないので不明なるも、まあ別になくていい。
他にも太宰を3冊(『右大臣実朝』カバー付、『東京百景』、『女性』)など、あんまり面白いのでとかく買い過ぎた。揃いで買ったものが多いため総計39冊。カゴを2つも使ったのは初めてのことで、流石に送りにすべきか悩んだが、どうにか手持ちで帰った。毎度毎度、お会計では迷惑をかけ通しで申し訳ない。
* * * *
帰りしな、日本古書通信社の事務所に訪い、予約していた本を受け取る。
●川島幸希『初版本解読』(日本古書通信社)令3年3年15日カバー元パラ150部 5500円
待望の川島幸希氏の新刊である。内容としては主に近々の古通で書かれたもので、そのほかにも「署名本の世界」のような連載でなく、単発で書かれた論考が収録されている。巻頭のカラー口絵には、氏が近年蒐集された超極美本や超一級の署名本の画像が掲げられており眼福である。
このあたりの年代になると、蒐集歴の浅い私も一通り読んでいるわけだが、それでも1冊にまとまっていると参照するのに楽で助かる。加筆もあるようなので、もう一度ゆっくり楽しませていただこうと思う。