紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

明けて新年の収穫

 図らずも久々の更新となった。

 忙しい日々の中で、むろん古本だけは辛うじて買い繋いでいるものの、先月のマドテンも銀座松屋も欠席し、まだまだ古本者としては尻が青いことを露呈させるばかりの年末年始であった。

 で、神保町それじたいは久々でもないが、シュミテンに並ぶことでようよう新年の気合を入れなおした格好である。

 

夏目漱石『鶉籠』春陽堂)明40年1月1日初, 橋口五葉装 3000円

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 すでにフソウの目録で比較的綺麗な初版(カバー欠なれど誂帙入り)を入手していたので大きな感動こそないが、初版ならば見逃せない。ふつうこの値段ならちょっと傷んだ重版裸の値段であろうし、坊っちゃんコレクターの私としては買わざるを得ない1冊であった。

 正直言って近代文学の「初版本」として欲しい本などこのタイトルくらいなものなのだが、なかなか元カバー付にたどり着けない。なお初版と重版とでは、カバー模様の色味が違うとかいう話である。

 

横光利一『機械』白水社)昭6年4月10日1刷函, 佐野繁次郎装 1500円

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 今さらながら、そういえば持っていない本であった。しかし状態がまずまず良い割に安すぎる。

 私自身、横光との相性は悪い方だと思っていて、表題作の「機械」も数度の挫折を重ねたのちにようやく読了したほどである。その他短篇はいくらか読んだとはいえ、いい読者を名乗ることなどゆめゆめできない。

 横光本であと欲しいのは『愛の挨拶』と『高架線』くらいだろうか。いずれも装丁目当てである。前者については、以前フソウさんがシュミテン目録に3千円くらいでだしていて、なおも注文者がおらず会場の棚に面陳されていたことがあったが、その時は他に欲しい本が多すぎて諦めてしまった。

 

③川上眉山『奥様』(博文館)明30年6月21日, 武内桂舟装 2500円

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 先輩からパスしていただいた分。明治期の口絵付の本となるとなんとなく欲しくなってしまう。背欠で印有でも口絵付がこの値段というのはフソウならではの現象であろう。装丁が誰かは明記されていなかったが、口絵のサインから桂舟のものとわかる。

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 ところでこの本、表3に次のような票が張り付けてあった。

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 「博文館創業 第十二周年 記念発売」と読めるが、この切手みたような紙切れが如何にして発行されたのか、何故ここに貼り付けてあるのか、なにひとつわからないのが情けない限りである。発売時からこんなところに貼っておく意味などないと思うが……。

 

④紅葉山人閲『二千円』駸々堂)明32年6月1日再版 1500円

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 これも先輩から頂いた分。タスキには著者として「谷玉葉」とあり、私もその先輩も知らない人物であったが、厳密に言うと谷玉葉は冒頭の1篇(表題作)の著者に過ぎない。ほかには天外「狂菩薩」と北田うすらひ*1「白水瓜」、田中ゆふ風*2「女教師」が収録されており、天外の作以外は「尾崎紅葉閲」と記されている。

 日本の古本屋などの相場を見ても無意味なことこの上ないけれども、それなりに珍らかなる本のようだ。木版口絵の作者も不明だし、今後の調査が待たれる。

 

⑤柳川春葉『生さぬなか 上巻』(金尾文淵堂)大2年2月25日, 杉浦非水装 鰭崎英朋口絵 3000円

 ――――『同 中巻』(金尾文淵堂)大2年3月25日再版函, 非水装 英朋口絵 4000円

 ――――『同 下巻』(金尾文淵堂)大2年5月1日函, 非水装 英朋口絵 4500円

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 フソウの棚に押しかけて一番に掴み取った本。本来は「続巻」までで揃いなのだが、3冊並べてあったところを見るにハナから3冊しかない口だったのだろう。上と中の状態はあまりよくないが、下巻はまずまず。

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 このタイトルはすでに裸の合本を持っていて、それにもいちおう木版口絵が2葉ついている。けれども上中下にはそれぞれ2葉、続巻も合わせると合計で8葉の口絵が付いてくるわけで、どうにか元版が欲しかったのである。

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 非水の装丁もたいへん好みだし、いつかは上巻の函と続巻の函付きを、と思うのだが、当分は進展の見込みがないだろう。ましてこの価格帯でとなると、やはりフソウさんを頼る以外に方策が思い当たらない。

 

井伏鱒二『集金旅行』新潮文庫)昭32年12月5日3刷元パラ帯カバー, 福田豊四郎装 2000円

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 フソウの棚より、おそらく目録掲載品だと思う。最後の最後まで逡巡のうえ、結局購入することとした。

 新潮文庫で献呈署名というのは面白いと思ったのもひとつだが、いまひとつの理由は、おそらくこれが厚着本であろうと予測したということである。

 以前厚着本に関するエントリーでも書いたように、私は背表紙を見れば新潮文庫の厚着本を判別することができる。開いてみるとカバーが残るのみで元パラ帯のないこともあるが、時期的にはおおむね特定することができるということだ。

 その判断で、本書も厚着本であろうと直感したものの、糊付けされたパラフィンをまさか会場で剥がすわけにもゆかず、帰ってきて元パラ帯が出てきたのに胸をなでおろした次第である。

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 なお、当該献呈先は不詳なるも、同じ宛先の本をもう1冊所持している。

 

 今日は心境的に「今買うしかない」という感が強く、財布のひもを緩めにして会場を回った。殊シュミテンについて言えば、回数を重ねるごとに着々と支出額が大きくなっている。貧すれども窮すれども、本を買わずには精神が持たない、悲しき下等遊民の性である。

*1:北田薄氷。尾崎門下の閨秀作家で、日本画家・梶田半古の妻とのこと。

*2:田中夕風。こちらも尾崎門下の女性だが、作家としてよりも文学者としての一面が強いようだ。