紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

風邪ひきのお祭り1日目

 古本まつりの時期である。

 折悪しく喉をやってしまい、気管支やら洟やら、できれば外出は避けたいくらいの満身創痍の日々が続いていた。

 また今年の初日は大雨。こと昼ごろの豪雨ときたら、先の台風もかくやと思い返すばかりの壮絶な降り方であった。

 当然、青展は中止。この日を待ち構えていた書痴の面々はもちろん、気合を入れて準備をしてきたであろう古書店主たちの落胆がいかばかりであるか、察するに余りある。

 

 そういう二重苦の中にあって、直前まで特選に赴くべきか悩むに悩んだのだが、このお祭りごとに不参加を決め込んでは書痴の風上にも置けぬ体たらくであろうと思い、雨の中呼吸の苦しい体を引きずっていった。

 まあ昨年のごとく、特選の初日と青展とどちらに並ぶべきか、という苦渋の決断を迫られることがない分、特選に並ぶ気持ちは楽であったように思う。

 

吉井勇『恋人』(籾山書店)大5年5月5日 500円

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 背文字はパッと見で認識できなかったが、表紙のテイストがよくて拾ってみた。吉井勇の読者というわけではないものの、装丁が良い本はどうしても手に取ってしまう。そういう買い方だから、あとから題名を思い出せないこともままあったりして、覚えの悪さに嫌気がさす。

 これ、竹久夢二装ではないかと思うのだが、表記がないしネットでちょっと調べたくらいでは情報が見当たらなかった。要調査案件である。

 

田山花袋『残雪』春陽堂)大7年6月19日3版函 400円

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 本じたいは去年の青展で買っていて、それも確か3版だったのだが、函は初めて見た。手に取ったときは函背欠で「これではさすがにちょっと」と思いつつ中を見ると、果たして背が挟まっていたので帰ってから簡単に修理しておいた次第。

 『花袋書目』すら所持していない私にとって、花袋の著作の外装把握は困難を極めている。しかしながら、まあこのころの本であれば珍しかろうと買っておいて、果たして函付きとなるとそこそこの値段のつくことが多いようだ。なお、これも装丁者不明。

 

③沖野岩三郎『煉瓦の雨』(福永書店)大7年10月1日, 富本憲吉装 400円

 ―――――『地に物書く人』(民衆文化協会出版部)大9年12月20日再版 400円

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 沖野の比較的見かけない本2冊である。外装はどちらも欠なれど、『地に物書く人』は表紙周りもきれいに残っている。

 『煉瓦の雨』は、以前どこかの紀要か何かで紙面が復刻されているのを見たことがあったが、手に取ってみるとクロス装に金の箔押しが豪華。巻末に寄せられた文章から富本憲吉によるデザインとわかり、曰く〈表紙に使用した模様は欧洲で食用にする『アーキチヨーク』といふ果実の蕾です。(…)東京に居れば今少し充分な表紙絵か出来たらうにと、余りかけ離れた遠い所に居るのを残念に思ひます(「煉瓦の雨の後に」p.19)〉とある。他にも与謝野夫妻や佐藤春夫あたりも寄稿していて、確かな人脈がうかがえよう。

 『地に物書く人』は装丁者不明。他の沖野本の巻末広告あたりを見れば、あるいはわかるかもしれない。帰宅後、この本をあらためていたところ、遊びの部分に「笙」の蔵書印があった。上笙一郎氏はこんな本も所有していたのだなぁと思う。

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④『文芸倶楽部 第2巻5編』(博文館)明29年5月10日, 三島焦窓木版画 3500円

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 これは一等嬉しかった収穫。私の買う雑誌としては安くないが、まあ樋口一葉「われから」も入っているし、口絵も残っているし、巻末の「雑報」に2丁落丁あるとはいえ相場よりは手ごろな値段かもしれない。

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 それでも嬉しく購入した理由は、ひとえに外装の「袋」を所持していたからに他ならない。以前ここでも紹介したが、ニホン書房で「袋のみ6枚」として買ったうちの1枚に該当する号だったのである。

 袋付の文芸倶楽部は、到底手の届かない値が付けられる(というか高いくらいなら袋などいらない)し、いつか中身を探して「完本」にしようと目論んでいたところ、案外早く実現した格好である。

 「浪六漫筆」なんかはどうでもよいが、文芸倶楽部の袋はあと2枚ある。これくらいの値段での出現を気長に待ちたい。

 

 購入量、購入額ともにいつも通りではあったのだが、大雨の中抱えて帰る量ではなかったので自宅配送を依頼する。特選に限り、5千円以上購入で送料無料となるのが助かる。ついでに1万円以上でクレジット支払い可とあって、買った気がしないまま帰宅したのであった。明日からの浪費がより懸念される。