紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

嬉しい注文品、ほか

 もう2年くらい前であろうか、目録でフソウさんが「体調のこともあるので、今後は2ヶ月に1回くらいの発行にしようと思います」というような意味のことを書いていらした。が、私の記憶の限りでは、そのあとも毎月の発行は続き、もっというと臨時号もあるものだから月1以上という恐ろしいハイペースを維持している。失礼は重々承知だが、あのお歳でここまでのタフネスはさながらモンスターである。

 

 今月頭にきた目録はある蒐集家の旧蔵書をまとめたものらしく、お買い得な本がたくさん出ていて、とくに乱歩などの大衆系が面白かった印象である。そんな中から、あえてこの1冊を買った。

 

①富沢有為男『地中海・法廷』(新潮社)昭12年6月1日, 著者自装 8000円

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 私が密かにコンプリートを目指している、新潮社の新選純文学叢書の1冊である。帯付きなどハナから諦めているが、中でも本作は芥川賞受賞作としてもあつめる人がいるためか、なかなか安くお目にかかれない。ない本ではないとはいえ、安くても2-3万はつけるのが相場か。

 意外とネットに情報が転がっていないので、確認できる新選純文学叢書のタイトルを羅列しておく。中黒で示したものが未所持で、丸は所持しているタイトルを、二重丸は帯付きで所持しているタイトルを表す。念のため、変換の及ぶ範囲で旧字体も併記した。

堀辰雄 風立ちぬ

福田清人 国木田独歩

〇富沢有為男 地中海・法廷

伊藤整 馬喰の果

太宰治 虚構の彷徨

・大鹿卓 潜水夫(潛水夫)

石川達三 日蔭の村

和田伝和田傳) 湿地(濕地)

〇中本たか子 南部鉄瓶工(南部鐵瓶工)

・張赫宙 春香伝(春香傳)

久保栄(久保榮) 火山灰地

◎鑓田研一 島崎藤村

・湯浅克衛(湯淺克衛) 先駆移民(先驅移民)

〇伊藤永之介 馬

・大江賢次 移民以後

◎久坂栄二郎(久坂榮二郎) 神聖家族(神聖家族)

・丸岡明 悲劇喜劇*1

〇平川虎臣 神々の愛(神々の愛)

舟橋聖一 木石

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 数えてみると同叢書は11冊目、10タイトルを所持していることになる。大場啓志『芥川賞受賞本書誌』には〈新潮社のこのシリーズ全十九巻は全て帯付にて完本〉とあり、先が思いやられる感もあるわけだが、まあ蒐集を志すにはちょうどよい高さのハードルであろう。

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 で、4月も半ばになって、こんどは通常号の目録が届いた。折よく在宅しており、郵便のバイクの音に感じるものがあって郵便受けを覗くと果たしておなじみの茶封筒を見つけたのだった。時刻は昼の12時すぎ。この時間であればまだ品物は残っている可能性が高い、とすばやく目を通すと、ずっと欲しかった品がたいへん安く掲載されているのが目についた。

 

②程原健『書影 花袋書目』上毛新聞社)平成12年5月13日函限250部 3500円

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 これは某版道氏が古通の連載で優れた書誌だと太鼓判を押していた本で、花袋コレクターは必携、近代文学コレクターとしても目は通しておくべき1冊と認識していた。相場はというと、「日本の古本屋」では2万円弱くらいで出されているが、これ以外の出品を知らないのでサンプル数が少なすぎる。どころか、検索して書影すら出てこないのが不可解でもあった。

 実際に手に取ってみると、B5判となかなかずっしりとした函入り*2のクロス装で、定価は24990円+税。しからば2万弱という古書価も妥当と言ったところか。

 で、肝心の内容だが、これは想像以上だった。前評判にたがわず花袋の本が(おそらく)全て写真入りで掲載され、程原が実見した限りの外装まできちんと記されているのだ。驚いたのは本じたいに記載のない装丁者までかなり追いかけて調査がなされていることで、今までこのブログでも不明としてきた本についても、解答を得ることができたのはよかった。

 また、さらに驚いたのは、『花袋集』の重版を全て*3掲載していることで、各版の書誌的項目が詳らかであるのみならず、版ごとの表紙の色の違いを示すために、実見された全部の版の写真が巻頭のカラーページに載せられていたことだった。これはすごい。

 古本らしい古本でこそないが、上半期の収穫としてランクインするくらい嬉しい買い物であった。

 

*  *  *  *

 

 ついでに1冊、新刊を紹介しておきたい。

 

③『式場隆三郎「脳室反射鏡」展図録』新潟市美、広島市現代美、練馬区立美)令3年帯, 西岡勉装 2800円

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 待ちに待った図録がようやく完成した。会期としては、最初の広島で始まったのが2020年5月、最後の練馬で終わったのが同年12月。展覧会が終わって5ヶ月も待たせて日の目を見る図録など、聞いたことがない。いくらこだわったとしても、大人の、もっというとプロのやる仕事としては失格と言わざるを得ない。

 それはそれとして、図録の出来は素晴らしい。コデックス装に『脳室反射鏡』の意匠をあしらい、帯は裏まできっちり印刷されていて、本を眺めるだけで楽しめる。

 本文レイアウトもよく練られていて、展示してあった資料はだいたい写真が掲載されているようなのだが、惜しむらくは『自分の影』の書影がないのであった。あれは図書館からの借りものだし、ラベルとおそらくバーコード的なものも貼ってあるし、まあ期待はしていなかったがそれでも見る機会の少ない本だけに残念である。

 私はファンとしていちおう2冊注文した。買い逃したら後悔は避けられないくらい充実した図録であることは確かである。が、ここまでの遅延が許されるかと言うとそれは全く別の問題である。「待った甲斐があった」とは思うし人に言いもするけれども、それは己に対する慰みにすぎない。

*1:このタイトルだけは書影の画像を見たことがない。

*2:目録には外装は記載されていなかったが、正直資料なので函欠だろうと一向にかまわないと思っていたところ、外装付き完本とあっては僥倖である。

*3:ただし4版のみ欠。