紙の海にぞ溺るる

或は、分け入つても分け入つても本の山

葉桜を横目に

 どうもこのごろ腰の調子が良くない。若い身空で何を、と思われる向きもあるだろうが、いわゆる腰痛というより坐骨神経痛を併発していて、そちらの痛みの方がしんどく感じられる。立ちっぱなしの労働にくわえ、趣味の世界では重たい本を抱えているのだからさもありなん、と言ってしまえばそれまでのことである。

 

 気づいたら桜の盛りも過ぎてしまい、ソメイヨシノ並木はすでに青づいている。感染者が一向に減らないことから、フソウ事務所は今年に入って1度も開いていなかった。で、ようよう落ち着いた(実情はそうでもないのだが)頃合いということで、今日は時間予約制でオープンしていた。

 

①桜井忠温『肉弾』(丁未出版社)大13年9月20日1200版カバー

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 とんでもない版数を重ねた重版本として有名な本。実物を見たのは初めてであった。

 本書の重版については多田蔵人「明治以来の百版本」(『古通』令和2年11月号)に詳しい*1。私のようなペーペーにとってみれば、こんな本もただ版数のデカいことが面白いにとどまり、研究に繋がる何らかのヒントを見出せるわけでもない。ただひとつ附記しておくとすれば、多田氏が前掲論で言及した1200版本*2と、私がこの度入手した同じ1200版本では、発行日に1ヶ月のズレが見られる。

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幸田露伴『潮待ち草』(東亜堂書房)大元年11月15日7版

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 露伴はあまり買わないし、内容的に興味のある『葉末集』はすでに所持しているから特段気にかけているわけでもないのだが、棚に刺さった本書をめくってみたらカバーの切れ端が挟まっていた。

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タイトル部分がきれいに切り抜かれたもので、口絵でもあるまいにどんな意図があったのかは不明なるも、残存した部分はまずまずの状態である。

 カバーはあまり見かけないような印象だが、とはいえ露伴。わざわざ探す人もおそらくほとんどいないのだろう。

 

③青木緑園『恋がたき』奥付欠, 丸尾至陽装

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 正直知らない作家だったが、本の雰囲気が良くて購入した。装丁は口絵と同じだとすれば丸尾至陽で合っていると思われる。デジコレを参照すると、少なくとも初版は大正6年5月20日中村書店発行とのこと。

 内容は、まあタイトルから想像できる通り、男子大学生を主人公とする愛憎劇のようだ。表紙の意匠が「若いツバメ」に見えるのは、流石に考えすぎであろうか*3。読むのに時間はかからなそうなので実際に楽しんでみても良いかもしれない。

 

 今回、珍しくそれぞれに購入金額を記さなかったがこれには理由があって、実は今日事務所で買ったものはすべて3冊100円だったのである。上に挙げたほかにも6冊購ったが、それでも300円。御幣を恐れずに言えば、タダ同然であろう。業界最安値どころの話ではない。

 

 ところで、先週になってようやくスキャナを購入した。安物だがカメラより精細な画像を取り込めるのは確かで、今後、本のデータはより取りやすくなることだろう。

*1:というか重版本を重版本として言及する研究じたい少ないのではないか。

*2:氏のツイッターに画像あり。

*3:時代的にはギリギリ矛盾しないと思う

宣言下の大収穫

 ナントカ宣言はまもなく解除と相成るらしいが、これが奏功するかと言うとあまり効果は期待できないし、そも宣言じたい、慣れきってしまった日本人にとってみればちょっとしたお小言に過ぎないのではないかという気もする。

 そんな中にあって久々のシュミテンである。8時45分くらいに赴くと7番目。9時半くらいに整理券が配布され、9時50分くらいに会場になだれ込んでいくという流れであった。最下層での待ち時間がない分、ジリジリとした緊張感に炙られることもなく、番号の前後がモロに表れる方策ではあるが、早めに来た者にとってはありがたいものだった。

 

 今日は全体に、いわゆる名著が多かった。漱石や芥川のイタミ本がお手頃価格で何冊も見受けられ、『百艸』が状態違いで3冊とか、佐藤春夫『殉情詩集』カバ欠が3-4冊まとまって並んでいたりした。いつになく非常に面白い回となったので、ふだんなら絶対に手放さないクラスの本でも、「今日はやめとくか」と、後々の悔恨が目に見えつつも棚に戻していくのであった。

 

①里見弴『多情仏心 前編』(新潮社)大13年4月5日函, 小村雪岱

 ―――『多情仏心 後編』(新潮社)大13年8月10日函, 小村雪岱装 2冊揃2000円

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 ちょうど雪岱展を見て日が経っていない折だったので、開始直後にこれを発見できたのは嬉しかった。揃いでしかも函が付いてこの値段。それも褪色しやすい函背がかなりはっきり残っているのだ。

 小村雪岱専門の先輩に見せると、函背に限って言えば先輩所持のものよりきれいとのことであった。私にとっても欲しい本であったので申し訳なくもお譲りは出来なかったが、いきなり善本を得られたのは幸運である。

 

岡本綺堂『半七捕物帳 上巻』春陽堂)昭4年2月5日4版函

 ――――『半七捕物帳 下巻』春陽堂)昭4年2月5日4版函 上下揃1200円

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 真っ先に引っ掴んだもののひとつ。裸本で下巻は持っていた*1が、これも函付き揃いでこの値段は稀有であろう。探偵小説としても好きな作品なので完本は嬉しい。函はイタミが散見され補修もあるが、全体に印象は悪くない(本冊はあまり良くない)。先の先輩に曰く「『多情仏心』を戻すよりこっちを戻す方が罪深い」と。

 状態を考慮すると、この版で読んでみるというのにちょうどよいレベルかもしれないと思っている。

 関連して他に、『綺堂脚本集』と『半七聞書帳』も購入した。

 

③渡辺霞亭『勝鬨 前編』(隆文館)大3年12月10日函, 杉浦非水装

 ――――『勝鬨 中編』(隆文館)大4年2月25日函, 非水装

 ――――『勝鬨 下編』(隆文館)大4年6月20日函, 非水装 3冊揃2000円

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 渡辺霞亭の本に詳しいわけではないが、これは初めてみた。一見して明らかな非水装で、雰囲気はよいものの、口絵欠でしかも函本冊ともにコーティングがされてしまっている。その分見た目には美本っぽいのだが、それでもやりきれない感はある。『増補改訂 木版口絵総覧』によれば、本来は清方の口絵が付くらしい。

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 下編の巻末には「勝鬨同情録」なるものがあって、読者から寄せられた感想の数々が」収録されている。『渦巻』にも似たようなのがあったが、あれは新聞などの評判だったか。需要を知る上では貴重な資料である。

 

夏目漱石『鶉籠 虞美人草春陽堂)大2年2月10日, 津田青楓装 1000円

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 タスキがけの本を見ていくと、縮刷の『三四郎』函付き初版2500円というのがあった。全体に状態はよくないものの縮刷初版は貴重なわけで、欲しくもあったが他との兼ね合いで手は伸ばさず。しかし、ということは、と棚に刺さっている縮刷『鶉籠 虞美人草』を見たら果たして初版であったというわけである。

 背は歪み切っていて無惨、重版なれば100円でも買う人がいるかどうかというコンディションである。本質的に言えば初版だから何があるわけでもないし、そもそも私は「奥付に初版とあるだけ」の初版本にはあまり興味がない。しかし、まあいちおう「坊っちゃん」に関わるところでもあるし、『鶉籠』にだけは少しくこだわりを見せていきたいところだ。

 

徳富蘆花原著/中沢弘光編画『不如帰画譜』(左久良書房)明44年1月15日 3000円

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 知らない本だが、しばらく棚に残っていたので手に取ってみると、内容がなかなか良い。

 見開きの右頁に『不如帰』の一場面の本文を再構成したもの*2があり、対向の左頁に中沢弘光によるその挿絵が配置されている。圧巻なのはその量で、全300頁にわたってその構成だから、軽く150の挿絵が収録されていることになる。それもところどころ多色刷りなのだから非常に豪華な仕様である。本来は函付きで、どんなものかはネット上に画像が転がっていないので不明なるも、まあ別になくていい。

 

 他にも太宰を3冊(『右大臣実朝』カバー付、『東京百景』、『女性』)など、あんまり面白いのでとかく買い過ぎた。揃いで買ったものが多いため総計39冊。カゴを2つも使ったのは初めてのことで、流石に送りにすべきか悩んだが、どうにか手持ちで帰った。毎度毎度、お会計では迷惑をかけ通しで申し訳ない。

 

*  *  *  *

 

 帰りしな、日本古書通信社の事務所に訪い、予約していた本を受け取る。

 

川島幸希『初版本解読』日本古書通信社)令3年3年15日カバー元パラ150部 5500円

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 待望の川島幸希氏の新刊である。内容としては主に近々の古通で書かれたもので、そのほかにも「署名本の世界」のような連載でなく、単発で書かれた論考が収録されている。巻頭のカラー口絵には、氏が近年蒐集された超極美本や超一級の署名本の画像が掲げられており眼福である。

 このあたりの年代になると、蒐集歴の浅い私も一通り読んでいるわけだが、それでも1冊にまとまっていると参照するのに楽で助かる。加筆もあるようなので、もう一度ゆっくり楽しませていただこうと思う。

*1:改めて開いてみたら初版であった。

*2:おそらく近藤浩一路『漫画坊っちゃん』のように、本文の切り抜きかとは思うのだが、残念なことに『不如帰』を所持していないので比較ができない。今日の開場には『不如帰』初版改装400円というのもあったが、さすがに買えなかった。

池袋で雪岱を買う

 久々の古書展という心持である。西部や南部ではちょこちょこ開催されているらしいのだが、わざわざ足を運ぶ暇もモチベーションもなく、シュミテンとマドテンが中止となったために、今年に入ってから古書展の朝に並んだのはこの日が初であった。

 

 しかし10時開場で8時に現地入りしたのだが、すでに3-4人並んでいるのには恐れ入った。暖かくなってきたとはいえ日陰で寒い中、2時間も待つのは億劫である。1時間ほど目の前のコメダで休憩のち、9時くらいに列に加わる。だいたい20番目くらいか。

 昨今の事情を鑑みてか、本来の開場時間より5分ばかり早く入場が許された(ただしレジは10時から)。さらに弱ったのは、いつもなら整列時に配布される棚の配置図が今回はなかったことで、入り口でカゴを掴みとってから、素早く目当ての店の棚を見つけ出さなくてはいけなかった。

 真っ先にめざすのは、やはりニワトリである。

 

長田幹彦『尼僧』(籾山書店)大元年12月10日, 橋口五葉装 2200円

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 全員がうまく散らばったのと、幸いにして私はすぐに棚を見つけられたのとで、ほとんど一番乗りの趣であった。真っ先に目についた胡蝶本は2冊あり、いま1冊は『我一幕物』だったがこれは確か持っているはず、と『尼僧』だけを抜き取る。

 最近幹彦の本をよく買えていて嬉しいが、無知を明かすと、抜き取った段階ではこれが幹彦本とは認識していなかった。あとから検めていて「あ、幹彦だったっけ」と思ったかっこうで、勉強不足は深刻である。

 

菊池寛『忠直郷行状記』春陽堂)大10年8月24日 1100円

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 春陽堂のヴェストポケット傑作叢書である。読んだ形跡がないカッチリした本で、初版ならばよいかと買ってみた。重版なら1000円は出さなかった。

 同装丁の漱石は数冊持っているが、叢書としてナンバリングされているのは初めてだと思う。天のみ裁断されていて、前小口と地は不揃い。先行する漱石の本は天金だが、叢書にはないとのこと。

 なお本書の表紙と背、肉筆の目次には「忠直行状記」とあるが、活字の目次、扉、奥付には「忠直行状記」とある。こういうのは検索において大きな障害たりうるので注意しなくてはいけない。

 

田山花袋『一兵卒の銃殺』春陽堂)大6年2月8日再版函, 在田稠装 1100円

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 ニワトリの棚に群がる人は、多くが探偵小説を始めとする大衆モノ目当てといった印象である。その中で私は純文系を素早く抜いていくわけだが、実は足元にも棚が配されており、こちらも捨て置けないのだ。この本も序盤に足元に刺さっているのを見つけた。裸ならともかく、重版でも函付きでこれはお買い得だろう。

 装丁者は明記されていなかったが、次のリンクにある大木志門「初版本『あらくれ』の装丁家――企画展の余白に」によれば、在田稠なる人物の手によるらしい。

https://www.kanazawa-museum.jp/shusei/mukouyama/pdf/kanpo_01.pdf

この論は、程原健『書影花袋書目』高島真『追跡『東京パック』 下田憲一郎と風刺漫画の時代を参照しているようだが、どうも在田はこの時期の田山花袋を含む自然主義文学書の多くの装丁を担当しているらしい。

 と、なったときにひとつ思い浮かぶのがずいぶん前に買った花袋『残雪』の装丁で、美術は門外漢なので微妙だが、なんとなくタッチとか色合いは似ている気がする。これも在田の装丁ではないか*1

 

④『長谷川伸戯曲集1 沓掛時次郎』(新小説社)昭10年4月25日, 小村雪岱装 1650円

 高山樗牛『瀧口入道』春陽堂)昭3年9月15日245版, 小村雪岱装 550円

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 古書展での楽しみのひとつに、面白い本・探求書との出会いが挙げられることは疑いの余地がないが、知り合いの古本者といろいろ話しながら漁るのもよいものである。

 この日も先輩とお会いし、本を数冊お分けいただいた。そのうちの1冊が『沓掛時次郎』で、一見して雪岱装。表紙の意匠はススキ越しに見える富士であろうか、おとなしくも魅力的である。

 で、いま1冊の『瀧口入道』は、終盤クヨウの棚を眺めていたら目に留まったもので、本じたいはよく知っていたが手に取ってみるのは初めてであった。

 『瀧口入道』の縮刷本については真田幸治「小村雪岱装幀本雑記①-高山樗牛の縮刷『瀧口入道』」(『日本古書通信』令和元年10月号)に詳しい。これによれば、今回手に入れた245版は、2種ある雪岱装版のうち最初の方であるようだ。次いで多田蔵人「高山樗牛『瀧口入道』――原点*2をめざす文学」(『日本古書通信』令和2年7月号)にも改めて目を通すと、重版探求の面白さを再認し、本書についてももっと複数集めたいという気持ちが湧き上がってくる。

 しかし、これでようやく1冊目なのである。経験を積むことと知識を蓄えることとの重要性は分かっているつもりだったが、いかんせん結果が伴っていない。古書展に赴く機会が減るにしたがって、学びの機会まで減っていくのは実に悲しむべきことである。

*1:そもそも徳田秋声『あらくれ』の装丁が在田稠のものであるというのも、大木のpdfを見るまで知らなかった。

*2:ママ

年始の注文品、数題

 更新頻度がかなり落ちてしまったが、本を買う速度は徹底的に加速している。2020年中に購入した冊数は1057冊となり、過去最高数を記録した。平均額が714円、中央値が110円であることからわかる通り、いい本をしっかりした値段で買うというよりも、安物ばかり大量に購っている傾向である。

 蒐集スタイルからして、一般的な古書価の認められない古書群から面白さを見出すことに楽しみを抱いているから、まあある程度は仕方ないことにしても、もう少し冊数を抑えてその分良い本を"良い"値段で買えるようにしていきたいものである。

 

 で、この頃は古書展も休場が続き、注文品を自宅に送付してもらうということが多かった。そのうち数点を書き出しておきたい。

 

①『三島由紀夫選集11 真夏の死』(新潮社)昭33年9月30日函 3500円

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 三島の選集としてはよく見る本であるが、これは収録内容に問題があって回収になった巻。改訂版は同年の11月刊行であるようだ。

 私がこれの存在を知ったのは、初版本を蒐めだす以前のことであった。出久根達郎だか誰だかの古本エッセイで、「他人の原稿が紛れ込んで回収になったとのことだが、筆者は未見である」といった内容だったように思う。

 で、ようやく手に取ることが叶ったわけであるが、正直相場のほどは全く分からない。私の手が届く時点で、安いことは確かであろう。

 当該作品を読んでみると、一目で違和感に気づく。タイトルから検索を巡らせ、最近刊行された三島関連書籍を参照してみると、「紛れ込んだ」ポイントが自ずから明らかになってくるようだ。

 このあたりの詳しい調査は、三島専門の先輩にお任せしたいところである。

 

柳原白蓮/佐々木信綱編『踏絵』(竹柏会出版部)大9年4月15日5版カバー, 竹久夢二装 3000円

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 本自体は数年前の青展で買っていたが、カバー付はけっこう珍しいと思う。さすがに端々がボロく傷んではいるものの、珍しい外装の場合は、付いているかどうかだけが只重要なのである。ただし本冊とデザインは全く同じなので面白みはそれなり。

 しかしこの値段だときれいな重版裸、もしくは状態並下の初版裸くらいの相場じゃないかと思うのだが、別に欲しがる人はいなかったのか、無事当選となった次第。

 

③『高知県昭和期小説名作集12 田中英光高知新聞社)平7年5月25日カバー帯月報西村賢太署名箋付, 森岡さわ装 2000円

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 初めに紙ベースで目録に目を通したときは気づかなかったが、改めてpdfで確認していたところ、西村賢太の署名箋が付いていることに目が留まったので注文。

 で、まあ田中英光の本であれば西村賢太が関わっていても不思議はないわけで、実際に届いたものを確認すると、編者ではなく月報に寄稿、および写真版資料の提供という形でクレジットされているのだった。

 藤澤清造との"馴れ初め"はよく耳にするが、田中英光とのそれは月報の文章で初めて読んだように思う。もしかしたらどこかの随想集に収録されているのかもしれない。西村賢太節が炸裂していて文句なく面白い。ほかに田中光二とかやなせたかしとかも寄稿していて、そちらも必読である。

 しかしこの「高知県昭和期小説名作集」のラインナップは渋い。なにしろ第1巻から第3巻が『田中貢太郎 上中下』なのだ。ほかの作家も(言っちゃあ悪いが)そこまでメジャーとは言えず、あまり部数は出回っていないように思う。

 

 3月のシュミテンも開催は未定である。ひとまずは池袋が開催されるのが楽しみであるが、本を買っていないわけではないので禁断症状が出るほどではない。

2包みの本と二笑亭

 ふと思い立って検索してみたら、練馬区立美術館で開催の「式場隆三郎展」の会期が終わりかけていると分かった。ゆめゆめ見逃せぬ展示とはわかっていながら、足を運ぶのが億劫でここまで先延ばしにしてしまった己の怠惰を嘆きつつ、それでもマドテンの1日目に並ぶ。

 整理券の配布などはなく、会館入り口で体温測定+封筒回収があるくらいで、荷物の預けや最下層で固まって待つのも平常通りである。さすがにシュミテンほどではないにしろ、30人くらいが待っていたように見受けられた。なお残念なことに前回同様、蝙蝠やアキツは不参加のため、会場は大きくゆとりが確保されていた。

 

①村井弦齋『増補注釈 食道楽 春の巻』(報知社出版部)明36年9月10日15版, 山本松谷口絵 200円

 ――――『増補注釈 食道楽 夏の巻』(報知社出版部)明36年10月23日6版カバー, 水野年方口絵 200円

 ――――『増補注釈 食道楽 秋の巻』(報知社出版部)明36年12月29日7版カバー, 年方口絵 200円

 ――――『増補注釈 食道楽 冬の巻』(報知社出版部)明37年6月1日12版カバー, 年方口絵 200円

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 アキツ・蝙蝠がない以上、私が真っ先に向かうのはケヤキである。まあ走るほどではないと悠然たる足取りで棚に向かっていると、途中、赤ドリルの棚にある本書が目についた。

 見かける本ではあるが1冊千円とかは出せないと思いつつも手に取ってみると、各200円。夏~冬は揃って見つかり、カバー欠の春もすぐ隣に発見された。ほとんどカバーが残ってこの値段はお買い得だと思ったが、後から先輩に伺ったところ、この個体は先日の五反田にも出品されていたという。さぞかし他にも掘り出し物があったに違いない。

 この本は前々から読みたいと思っていて、というのも、以前ネットで読んだアイスコーヒーの記事が面白かったためなのだが、いま読み返すと当該書は『弦齋夫人の料理談』であった*1

 しかし冒頭を少し読んだだけで面白い。当時大ベストセラーになったのもうなずける、軽妙なストーリングである。文庫もいいが、元版はやはり格別とまで言うと、いささか調子が好すぎるか。

 

宮沢賢治『グスコー・ブドリの伝記』(羽田書店)昭20年9月30日3刷, 横井弘三装 300円

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 表紙裏表紙共に外れていて、遊びの1枚くらい欠けているのかもしれないが、300円ならよいだろう。「ブドリの伝記」は賢治の童話の中でも好きな作品である。

 羽田書店版といえば函入りの丸背上製本の印象が強く、重刷で並製になるのは知らなかった。束もこちらの方が薄いようだ。

 表紙の意匠について、表4に「宮沢賢治先生の故郷 花巻のオシシ」と手書きの説明が付されている。花巻の鹿踊りと検索すると花巻観光協会のサイトなどに情報が見られるが、同様の踊りは全国に見られるようで、それも興味深い。

 

夏目漱石吾輩は猫である岩波書店)昭5年10月15日1刷函 300円

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 裸ならすでに100均で買ってあったが、実は函付きをあまり見かけない本ではないかという気もする。大倉書店の『猫』は、元版に次いで耳付カバーでおなじみの縮刷版が129版まで出され、そのあとで岩波書店に版権が移ったという経緯だったか。まあ部数と装丁の問題もあるだろうが、古書の世界でも元版と縮刷版ばかりが重宝されている印象である。

 しかし表紙の絵は漱石の筆によるし、巻頭には漱石直筆の「猫の死亡通知書」が写真版で挿まれていたりして面白いと思う。

 

 他にも300円から500円くらいで転がっていた本、坂口安吾『不連続殺人事件』とか有島生馬『嘘の果』初版函背欠とか、安いながら粒ぞろいを12冊購入した。他に松岡譲『法城を護る人々』函付き3冊揃い(ただし中巻のみ函天欠)が800円というのはちょっと悩んだが、読むことはないだろうし何より嵩張るので買わなかった。

 このあとの予定に美術館が控えていることへの懸念である。

 

* * * *

 

 で、ずいぶん久々の練馬区立美術館である。2年前の2月にサヴィニャック、同年夏に芳年を見て以来か。

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 今回の式場隆三郎展は「脳室反射鏡」と題して、活動した分野ごとにその足跡を観られるということで、広島での開催時から楽しみにしていたのだった。

 

 何より資料の充実には驚かされた。こういう展示でガッカリするのは、復刻・複製資料ばかりだったり、写真パネルが中心の構成だったりすることなのだが、ここでは本や雑誌の現物がかなり揃えられていた。

 私の大好きな『二笑亭綺譚』に関しては、きちんとA版B版C版が並んでいた*2し、未所持の芋小屋山房豆本もあった。さらに驚いたのは、かねてより写真を見たいと思っていた「庶民の酒蔵 二笑亭」の外観・内装が、とある雑誌に掲載されていたことである。個人的にはかなり探したつもりだったのだが、建築系の雑誌はあまり知らないためか不覚を取った格好である*3。ともあれこの新事実には昂奮した。

 もう一つ衝撃だったのは、式場の第一創作集として名前ばかりが知られていた『自分の影』が平然と並んでいたことであった。あまりにもさり気なく置かれているので、稀覯本であることはふつうの観覧者には伝わらないだろう。ネットにも書影は転がっていないし、てっきり薄手の同人誌的なものかと思い込んでいたが、どうやら厚手のクロス装で、式場の限定本趣味がすでに発揮された1冊と見えた。あの感じだと函もあったのではないかと思わせる佇まいである。今後の探求を考えれば、ガラス越しにでもその姿を拝むことができたのは大きな一歩であろうと思う。

 未見の探求資料を2点も確認できたのは、ほんとうに嬉しかった。今までにいろいろと赴いてきた中でも、トップクラスに発見のある特別展だったと言っていい。というのも自分が探求している人物の企画展だったためなのだが、逆に言うとここまで深く興味を抱いている作家なり偉人というのはあまりいないのだなぁと痛感する。

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 二笑亭インスタレーションも嬉しい*4

 

 しかし本を抱えての周遊はしんどかった。ここまでくると、今年は千冊を超えぬように努めるのがやっとである。

*1:いま検索すると、この5月に復刊されたばかりらしい。メディアで話題になったとのことだが、復刊自体はあまり喧伝されていないように思う。

*2:ただしB版は丸背の初版のみ。

*3:家に帰って改めて検索をしたが、当該号は国会にも所蔵がなく、現状見る手段はない。

*4:しかし、本来二笑亭における「節穴窓」は中庭を向いていたものである。中庭を臨む写真や、「大谷石敷き」の空間の写真が残されていないから仕方のないこととはいえ、このインスタレーションのように「扁額の間」を覗く配置ではなかったことはひとつ理解しておかなくてはならない。

なおも2日目の収穫

 シュミテンでは買いに買った。コレクターの先輩方や某通信編集長などにも「買うねぇ」と声をかけられつつ帰ったのだが、それはそれとしてフソウ事務所にも定期的に伺いたいというものである。

 本を買うため、というよりも、サロン的な事務所に訪い、諸先輩方との歓談の中でお勉強させていただくのが本当に楽しいのだ。

 しかし、その前に性懲りもなくS林堂をのぞき、タムラ店頭とシュミテン2日目とを冷やかしたりしてしまうのだから、まったくどうかしている。

 

小堀杏奴『最終の花』みすず書房)昭26年1月10日第1版献呈署名箋, 小堀四郎装 600円

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 タムラのワゴンからはこれを拾う。小堀杏奴の署名本が600円というのもお手頃で好いが、宛先が野田宇太郎というのも渋くて面白い。

 少し検索しただけだが、以下のブログによれば野田と小堀とは野田主催の「文学散歩」関連で交流があったようだ。

blog.livedoor.jp

blog.livedoor.jp また手元の『本の本』2巻12号、森鴎外特集を見ると、2人とも寄稿している。間接的ながら、こういうところからも交流はうかがい知れよう。

 正直、どちらの作家についてもあまり詳しくは知らない。けれどもやはり、こういう署名本は好きで買ってしまうのである。

 

加藤武雄『幸福の国へ』(新潮社)大11年5月15日 1500円

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 2日目とはいえ、シュミテン会場を覗いてなにも拾わないわけにはゆかない。少し高いが、フソウ棚から目についたこれを買ってみる。

 加藤武雄の小説集ってのは気にしたことなかった。その意味でもいい機会だと思ったのであるが、たぶんこれが雪郎蔵書でなければ買う値段ではなかっただろう。

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 と言ってむろん、だからどうというほどの意義もないのである。

 

尾崎一雄『玄関風呂』春陽堂)昭17年7月5日, 棟方志功

 谷崎精二『離合』(阿蘭陀書房)大6年6月20日, 横井弘三装

 武者小路実篤『女の人の為に』新しき村出版部 曠野社)大11年5月10日3版, 清宮彬装 3冊一括100円

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 今日のフソウ事務所では「いい値段」の本こそ買わなかったものの、特価とも言うべき安い本をいくつか買った。この頃はどんどん「買える」棚が増えてきて嬉しい限りである。

 殊、3冊100円コーナーの充実は、さすがにその安さのために恐ろしく魅力がある。安いならば雑本というかどうでもいい本ばかりかと言うと、御覧の通り全くそんなことはない。外装欠でも汚本でもレッテル貼りでも、業界最安値であることは間違いない。1冊頭33円など、ほとんどタダ同然である。

 このうち一番珍しいのは『離合』だろうと思う。阿蘭陀書房の本で、函欠ながらクロス装がいい感じである。巻末の広告には、時期柄『羅生門』が「最新刊」として表記されていたりして面白いのだが、個人的にオッと思ったのはこれだった。

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 吉井勇『未練』についての広告で、「北原白秋氏装」とある。この本はもう2年近く前に入手しているのだが、表紙が歌麿であることだけわかって、装丁者は判明していなかった。本じたいにそれと記載があったり、最低でもサインや落款が残されていないとこういうのは誰にもわからないわけで、広告といっても侮らずに確認の励行が求められるというわけである。

 

 そして東京堂で購入した以下。

 

☆犬塚潔『三島由紀夫と死んだ男 森田必勝の生涯』秀明大学出版会)令2年11月10日初版第1刷. 真田幸治装 2420円

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 三島由紀夫の「超ウルトラコレクター*1」として知られる犬塚氏による新刊である。今年は三島の没後50年ということで、新潮文庫のデザインは一新され、関連書も続々と出されているが、やはり内容としてはこれがピカイチであろうと思う。

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 犬塚氏と初めてお会いしたとき、三島コレクターというからてっきり本とか原稿を大量に架蔵しているものと思っていて、確かに署名本や自筆資料の所有数もすさまじいのだが、楯の会の制服を10着以上持っていると聞いてほんとうに驚いた。お話しさせていただく中でも、三島関連のことがらについて、実に淀みなくお答えくださったのが印象的である。

 本書は、実際に犬塚氏が行った関係者からの聞き取りや、所蔵する膨大な資料をもとに、三島と森田の自決事件について真実に迫った内容である。パラパラと見るだけでも秘蔵資料満載で、実証的に検証されているのがわかる。冒頭には森田必勝の兄、森田治の序文も寄せられており、本書の由緒正しいことを高らかに示しているようだ。

 現段階で、秀明大学出版会から、谷崎、太宰、三島と、3冊の研究書が矢継ぎ早に出された。そのどれもが古本者の私にとっては刺激的で面白い本である。もちろんそういう意味での「面白さ」があるからこそ、この出版会から出されているわけだが、来年も出版予定があるとのことですごく楽しみである。

*1:某版道氏による表現。

暖冬の明治本まつり

 東京での感冒罹患者が増えに増えているなか、界隈ではシュミテンの開催が危ぶまれていた。この半年超の流れを見ていると、数日まえに急遽中止が決定、というのも決してありえない話ではないのである。

 懸念を抱きつつも神保町へ赴くと、9時前だというのにすでに10人弱が並んでいる。例によって9時半ごろ整理券が配布され、10時5分前に開場となる。古書会館前には70人くらいが、鳥葬を俟つハゲワシの如くクラスタ化していた。

 前回と少し異なったのは、封筒と住所記入が入場直前になった点である。整理番号順に体温測定とアルコール消毒を済ませて封筒を箱に突っ込むや、階下に駆け下り荷物を預ける。すると、下の階に降りたところで誰も待っていない。どうもふだんのように開場時間まで最下層で待たせるということをせず、どんどんと会場入りが許されたらしいのだ。少し戸惑って出遅れたものの、番号はヒトケタだったので良い本はまだ残っていた。

 

田山花袋『第二従征日記』(博文館)明38年1月23日, 寺崎広業口絵 2000円

 ――――『花袋集』(籾山書店)明44年8月15日9版 1000円

 ――――『生』(易風社)明41年11月25日, 石井柏亭装 1000円

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 今日は明治の本が多い印象で、中でも花袋の本はいろいろと目についた。入場後、真っ先に手に取ったのは『従征日記』で、巻頭添付の地図か何かが欠のようだが、口絵は無事なので幸い。花袋が従軍記者をしていたころの手記ということで、序文は鴎外である。

 2冊目『花袋集』というと、易風社の上製本がおなじみだが、この並製版は初めて見た。易風社版(明41年3月28日初版)を引っ張り出してみると、表紙のデザインは引き継がれていないが、背は同じ。というか、易風社版の背の意匠が、籾山書店版の背と表紙とにコピペされているのだった。明治41年から44年の間に易風社がなくなり、版権が籾山書店に移りでもしたのだろうか。たぶんどなたかがすでに言及していることではあろう。

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 さすが天下の籾山書店だけあって、巻末の広告は錚々たるメンツである。

 

②西原柳雨『川柳風俗志 上巻』春陽堂)昭4年9月18日元パラ函, 小村雪岱装 2000円

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 これも入場直後に引っ掴んだもの。雪岱装として前々から手に入れたいと思っていた本である。

 復刻も出ているが、こちらとしては雪岱欲しさで買うわけだから、できれば元版の方が欲しかった。ただタイトルに「上」とあるからこれは端本なわけで、半端な本を買うのも気が引ける。しかし、以前みた復刻はそんなに分厚くなかったような気がしていた。

 と、悩んでいたところで先輩に確認すると、これは上巻しか出ておらず(そもそも刊行予定では上中下と出されるはずだった由)、これで完結とのことで一安心である。また本冊もかなり綺麗なのでお買い得との評を頂戴し、それも嬉しかった。

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小杉天外『にせ紫 前編』春陽堂)明39年3月15日4版, 斎藤松洲装

 ――――『にせ紫 后編』春陽堂)明39年10月10日再版, 斎藤松洲装 揃1000円

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 タスキには「重版 口絵欠 書込」とあったが、それでもまずまずの状態で揃いが千円というのは希有だろう。フソウ以外では絶対にありえない、と言っても決して過言ではない。

 で、帰って検めてみると前編にある中沢弘光の石版口絵は残っていて、欠落は後編の清方の木版口絵のみであると分かった。まあ確かに『にせ紫』の口絵と言って欲しいのは清方の木版だけれども、それでこの安値は非常に嬉しい。

 しかし装丁は誰の手によるのだろうか。表紙の下部、葉っぱの意匠に紛れてサインがあるのだが、判読できない*1

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以前に比べればだいぶ読めるようになった落款も、まだまだ経験が足りない。

 

④沖野岩三郎『白路を見つめて』大阪屋号書店)大13年2月10日10版, 蕗谷虹児装 1000円

 ―――――『薄氷を踏みて』大阪屋号書店)大13年2月10日5版 2000円

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 沖野の著作2冊、『薄氷』はムシャ書房の棚から。

 以前、沖野の『星は乱れ飛ぶ』を購入した際、読むでもなくパラパラめくっていたら、巻末に「前篇をはり」の文字があって唖然としたことがある。その続編が確か『白路』なのではなかったか。『星は』『白路』ともに大阪屋号書店発行で、装丁は蕗谷虹児。かわいらしくて好みである。

 『薄氷』の装丁者はいまのところはっきりしない。沖野の著作は大半が装丁者を記載しておらず、他の本の巻末広告ではっきりするパターンが多く、全容を掴みにくいのが難点である。しかし、大阪屋号と沖野の組み合わせでよくみられる蕗谷虹児装であるような気がしている。

 

太宰治『桜桃』実業之日本社)昭23年7月25日, 吉岡堅二装 800円

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 太宰の代表作で、帯もないし何を今さらという感じもするだろう*2が、これは実はちょっとした収穫である。

 『桜桃』には2種類の版本があり、奥付には違いがないものの、目次のページ数の部分に誤植のある版が存在する。私がすでに持っていた版がまさにその誤植版で、マニヤ心としては正規版も入手して眼前で見比べてみたいと予ねて思っていたのだった。

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 上にあるのがすでに持っていた誤植版で、下のが今度買った正規版である。漱石『明暗』初版に見られる3種の版のように、おそらく誤植版が先の版で、あとから訂正版が出たのではないかと思うが、まあ別にどうということはない話である。

 

尾崎紅葉『夏小袖』春陽堂)明25年9月1日 300円

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 後半。あるオジサンの持っている本が目についた。遠くからでも目を惹く青い表紙である。動向を見ていてもしや、と期待の眼差しを向けていたのだが、果たしてその人は本書を含む数冊を棚の下部にポンと置いたのだった。

 手に取ると300円という値付け。フソウさんの貼った付箋には「裏表紙欠」とあったが、国会図書館デジコレを参照すると外れている様子はない。

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というか、このデザインもデジコレを確認するまで単なる落書きだと思っていた。モリエールの肖像か。

 本書には尾崎紅葉の翻案であることは一切明記されておらず、作者当ての懸賞が催されていたことで知られている。裏表紙赤字の「作者不知」もこのことを示したものだろう。

www.shunyodo.co.jp 巻末にはその応募用紙があり、正解者は『夏小袖』の代金以内の春陽堂の本がもらえたようだ。今回手に入れた本はこの応募用紙が欠。それでもそう簡単に買えるような本ではないと思うので、これは嬉しい収穫である。

 

 今日は遠方から来た先輩もいらして、ゆっくりお話ししながらの漁書となった。古本としての収穫じたいも嬉しいのだが、こうした交流こそ古本道の醍醐味だと思う。なんだか特に今回はその楽しみを一層に感じた会であった。

 とはいえ30冊は買い過ぎ。あふれかけたカゴを会計に出し、値札剥がしと包みとをしていただくのはさすがに申し訳なく思ったことである。

*1:その後の調査で、斎藤松洲のものとわかった。

*2:といって実のところ、太宰は手ごろな値段ならほぼ無条件で買いまくっている。